経営者は何を考えているのか
「会社は誰のために」というタイトルを掲げて会社論を展開されているのは、御手洗富士夫氏と丹羽宇一郎氏である。ご存知の通り、それぞれキャノン、伊藤忠商事の現役の経営者である。語られる事柄は実績に裏付けられ、多くの示唆が含まれているであろうことは想像に難くない。お二方が、トップまで含めた会社組織のあるべき姿をどのように考えているのか、会社組織に属する一サラリーマンとして非常に興味深く感じ、本書を手に取った。
本書の中で紹介される主な経営論を挙げると、
- 部分最適よりも全体最適を目指した組織運営、評価制度の導入。
- 「朝会」「トップ・ミーティング」による上層部のコミュニケーション円滑化。価値観の共有と下部組織への浸透。
- グローバルな事業展開を支えるための経営はローカルなもの。
- 会社の中のひとを活かすための仕掛けとして、社員にインセンティブを与える給与体系や人材教育の重要性。
等々。
語られている内容については特に斬新さはなく、語弊があるかもしれないが至極当然で分かりやすい当たり前のことである。だからこそ会社経営において何が肝心なのか、そしてその実行がいかに大事なのかが伝わってくる内容になっている。
中でも、特に説得力を持って迫ってくるのが、「トップのあるべき姿とは」というテーマで語られるトップの役割についての言及である。実際の経営トップが会社内で自己の役割をどのように定義付けているのかを直接耳にする機会はそう多くはない。
それでは、具体的にトップの役割をどう定義し、実践手段としての会社組織をどのように考えているのだろうか。
トップの役割
- トップには決断力が必要。経営判断は原則的にトップダウン。困難なのは撤退の判断。どうしようもなくなってから撤退の決断を下すのは誰にでもできる。不採算事業からの撤退基準を作ることにより決断を容易にし、周囲の理解を得る。(御手洗氏)
- 会社組織の意思決定においてボトムアップを民主主義とするのは似非民主主義。合議制で時間をかけて導き出された決定事項の多くは無責任と妥協の産物。ボトムアップはトップの設定した目標を達成するための具体的な方法論などを決めていくための重要な手段。(御手洗氏)
- 世界情勢、経済情勢を見極めて、組織の実力を最大限に引き出すための目標を自ら定める。責任を持って組織を正しい方向に導いていくのがトップの役目。(御手洗氏)
- 経営者は率先垂範が大事。誰よりもまず先に実行しなければならない。(丹羽氏)
- 会社のあらゆることに最終的な決断を下すのは会社トップ。だから会社は「非民主主義の社会」。それだけ大きな権限を持つがゆえに、企業におけるすべてのことにトップは責任を持たなければならない。(丹羽氏)
会社組織
- 企業の目的は売上ではなく利益である。今ではどこの企業にとっても当たり前のことかもしれない。しかし、社長になった当時社内は売上至上主義であり、これを「利益優先主義」に変え、組織として実行するために「人」を動かすことが、もっとも困難かつ重要な課題であった。(御手洗氏)
- 「人」「組織」を動かすためには何度も何度も同じ話を繰り返し、理解し、納得してもらうしかない。どんなに立派な経営方針でも現場の一人ひとりまで浸透しなければただのお題目で終わってしまう。(御手洗氏)
- 「これで絶対人は言うことを聞く」という決定打はない。組織を引っ張って行くには、まず思いを共有する必要がある。思いを共有するからこそ、仕事の目標、果たすべき責任が明確になり、ひいては組織を構成する各々のやりがいにつながる。思いを共有するためには「対話&対話&対話」しかない。語り続ける内容は分かりやすいものでなければならない。(丹羽氏)
トップの役割に関して断定的な調子で語られる内容からは、一歩誤ればその地位はないという厳しさが感じられる。この厳しさが、組織を構成する全社員に対して実行を求める厳しさと表裏一体であることは言うまでもないであろう。また、組織に対しては対話を繰り返すことを盛んに強調している。それは、会社として実行すべきことを誰しもが「常識」として身に付け、「当たり前」のように組織として実行していくことの難しさを経営トップとして痛感してきたのではないかと推察される。組織を構成する一サラリーマンとして心に留めておきたい。