研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2011年7月21日
自由貿易を推進するWTO(世界貿易機関)体制の拡大とともに経済のグローバル化は目覚ましく進展してきたが、近年は地域経済統合の動きが加速しており、アジア諸国間においても、FTA(自由貿易協定)の協議が進展している。一方で、日本企業が、アジアを中心に構築しているサプライチェーンは、部品調達、生産、流通、在庫調整などが、ますます複雑化に向かっている。
こうした中で日本は、国家戦略としてどのような視点で国際物流を構築すべきか?著者は、日本が持続的発展を実現するためには、アジア各国との物流ネットワークの一体化、すなわち「シームレスアジア」の実現が不可欠であるとしている。「シームレスアジア」の実現とは、日本とアジアを交通・情報通信ネットワークで一体化することによってシームレスな交流、連携環境を形成すること、いわば「アジアに開かれた国土造り」を目指すことを指している。このコンセプトは、国家としてとるべきインフラ整備や運営の戦略を体系的に研究する土木学会のメンバーが中心となり設立された「国際交通ネットワーク戦略研究小委員会」が考案したアイデアである。これは2008年7月に閣議決定された「国土形成計画」に反映されている。本書は、アジアにおける陸海空の国際輸送インフラの現状、それを踏まえたアジア各国の官民双方の取り組み、アジアの政治・経済、交通・物流の将来展望、政策評価モデルの研究動向などについて、「シームレスアジア」をキーワードとして詳しく解説している。
本書によると、著しい経済発展を続けるアジアでは、ASEANの輸入関税完全撤廃やGMS(Greater Mekong Subregion:広域メコン川流域圏)開発プログラムなどの推進、また各国の開放型経済運営による域内への直接投資の増加などを背景に、貿易依存度が深まっている。例えば、東アジア(15カ国)の域内貿易率が1980年に35%であったのに対し、2006年には55%と1.6倍に増加している。アジアの交通インフラについては、海上では、複合一貫輸送ニーズの高まりにより、急増するコンテナ貨物を取り扱うターミナルの整備が進んでおり、シンガポール港を初め、香港港、上海港、深?港、釜山港などで、1,000万TEU(20フィートコンテナ換算)を超える取扱量を誇るメガターミナルの整備競争が続いている。航空では、航空輸送ネットワーク上のハブの地位獲得競争が激化しており、韓国の仁川空港や中国の上海浦東空港、広州白雲空港、タイのスワンナプーム空港などの大規模空港が次々と開港している。陸上では、各国にまたがるアジアハイウェイ(アジア32カ国を結ぶ総延長約14万1千キロメートルの道路網)や、アジア横断鉄道(アジア28カ国を結ぶ8万1千キロメートルの鉄道網)の調査・整備が展開されている。加えて環境負荷低減や包括的サプライチェーン構築に対応した、国境を越えた国際インターモーダル輸送*1のニーズも高まってきている。
一方、日本では、前述の国土形成計画において、新たな国土像として、「多様な広域ブロック(北海道から沖縄までを10に区分した区画)が自立的に発展するとともに、美しく、暮らしやすい国土」を掲げている。アジア諸国における交通インフラ整備の進展により、日本の港湾ターミナルや首都圏空港などは、近隣諸国と比べると小規模な部類となってしまい、アジアの片隅に立地する日本は、アジアの交通ネットワークから取り残されることも危惧(きぐ)されている。このような中、日本では、製造品出荷額のおよそ4分の1を占める中部地域の国際貿易拡大に向けた中部国際空港の開港や、韓国や中国との近接した距離を生かした九州地域の低コスト国際フェリーや国際RORO船*2の拡充、沖縄地域の航空貨物輸送基地(ハブ)の設置など、各広域ブロックの強みを生かした取り組みを推進し、アジアとの物流ネットワーク構築を目指している。
また、「シームレスアジア」構築の視点からアジア全体を見れば、いまだ道路、鉄道、河川航路などのハードインフラ整備の遅れや、自動車・列車・船舶などの環境規格の相違、税関・入国管理などの行政手続や保険制度の相違など、ソフトインフラの問題に起因する越境交通障害などの課題が残っている。これらの解決に向け、日本が主導して各国の輸送車輌や輸送容器の相互運用性の向上や、各種交通技術の国際標準化など、アジアの共通交通政策の基盤作りを推進すべきとしている。
著者は、日本の貢献のもとにアジア地域全体の経済が成長すれば、アジア経済のネットワークに深く組み込まれている日本にも相応のリターンがもたらされるはずであり、そのためにも「シームレスアジア」を構築していくことが、わが国がとるべき戦略であると述べている。これにより、アジア市場という各国にとって共通の場を、各国が最大限に活用して、各国がWin-Winとなる発展戦略を確かなものにすることができるだろう。
本書は、日本をはじめとするアジア各国の輸送インフラ整備状況や政策動向などを理解するだけでなく、経済成長の重要な基盤であるアジア全体の物流のあり方を考える上でお勧めの一冊である。