研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2006年5月29日
『CIA』という言葉の響きに興味をそそられ、手に取った本書の原題は、’see no evil, hear no evil, speak no evil’つまり、「見ざる聞かざる言わざる」、である。アメリカ合衆国大統領直属の情報機関には少しふさわしくないが、その意味は、著者で元CIA局員、ロバート・ベアの手によって、徐々に明らかになっていく。
本書によれば、CIAは基本的に二つの部門に分かれている。主に海外で活動し、自らの情報源(エージェントと呼ばれる)から情報を集める工作本部(DO)と、軍事衛星などハイテク機器を用いて、総合的に情報を分析評価する情報本部(DI)である。著者が属するDOの人間は、ケースオフィサーと呼ばれるが、その実態は『他国の秘密を盗む泥棒』であり、目的のためには、うそ、いかさま、盗みなど、武器使用以外なら何でも行うことを期待されていた。しかし、DOの仕事でもっとも困難な仕事は、唯一の情報源であるエージェントのスカウト、いわゆる"口説き"であった。著者も最初このスカウトに失敗していたが、ニューデリー支局長の一言がきっかけとなり、次第に大きな自信をつけていくことになる。このベアの成長の軌跡は、本書の大きな見所でもあるだろう。
しかし、ケースオフィサーとして成長したベアの前に、基本的にアメリカ本国を離れないDI、さらにその背後にあるワシントンの高い壁が立ちはだかる。ベイルート米大使館爆破事件しかり、イラクのクーデタ計画しかり、ベアの現地報告に対して、彼らは保身ゆえの無関心を通した。『基地が本当に存在する決定的な証拠はない。だから、気にする必要はない』といったように。
CIAに見られるように、組織の情報源は、ヒトとテクノロジーに二分できる。ヒトを取得源にする情報は、取得にコストがかかり、バラツキも大きいが、時として非常に貴重なものも含まれる。一方、テクノロジーを取得源とする情報は、例えば、軍事衛星が一台の車の移動は確認できても乗っているヒトの感情までは把握できないように、有用だが一定の限界がある。このように考えていくと、組織、特に情報を扱う組織では、この両者をバランス良く扱うことが必要であるといえるだろう。
なお、本書は、9.11の衝撃の大きさとその反動から、米国で大きな反響を呼んだ。著者がレバノンで得た点と点をつなぎ合わせれば、ビンラディンにつながったかもしれないと暗示しているから、なおさらである。もちろん、その真偽は定かではないが、『要は、そこに含まれるのがいかに不快なメッセージであっても、あらためて人々の話に耳を傾けることからはじめる必要がある、ということに尽きる』という著者の最後の叫びは胸に迫る。