研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2006年9月1日
米国ワシントンでは、シンクタンクが立法、行政、司法、マスコミに続く第五の権力としてその地位を確立しているという。「組織」について考察するにあたり、米国社会に対して大きな影響力を持つシンクタンクからも学べるところがあるのではないか。これが本書を手に取ったきっかけである。
本書は、米国のシンクタンクがワシントンの政治環境をどのように下支えしているのかについて、豊富な具体例をもって解説するとともに、通常、政策集団としての側面のみが注目されがちなシンクタンクについて、その運営の実態にまで踏み込んで明らかにしている。シンクタンクを作ることを目指して米国で活動した経験があるという筆者による著書なだけに、米国のシンクタンクをあらゆる角度から詳細に調べ尽くしてまとめられており、盛りだくさんな一冊となっている。その反面、難を言えば、情報がやや羅列気味といった感がないわけではないが、それでも読者の知的好奇心を十分満たしてくれるだけの百科事典的な価値については、評価に値する。
組織という観点から本書で興味深い内容をひとつ挙げるとすれば、一口にシンクタンクといっても各研究所で強さの源泉が異なっているということについて、ブルッキングス研究所、ヘリテージ財団を始めとするいくつかの有力シンクタンクを例に挙げ、詳細に述べている点が指摘できる。
たとえば、ブルッキングス研究所については、アカデミックな著述活動を重視するという点が、他のシンクタンクと比べた際の大きな特徴であり、これがブルッキングス研究所の評価が維持されている要因であると述べられている。学術的な水準の高さへのこだわりは、ますますスピードが要求されるようになった現代社会では柔軟性を欠く結果を招くという側面もあるが、そのようなマイナス面を勘案してもなお、アカデミックな質の高さと政策市場での競争力を両立しようとするところにブルッキングス研究所の価値が見いだされているという。
一方、ヘリテージ財団については、創設者エドウィン・フルナーが、ビジネスを重視しつつも家族的経営を愛したとされており、ここにヘリテージ財団の強さの源泉があると述べられている。すなわち、ヘリテージ財団は、終身雇用という従業員への優しさを持ち合わせた組織であり、これが、ヘリテージ財団を愛しかつ支える多くの従業員・スタッフを生み出したと言われている。また、研究員が個人プロジェクトとしてではなく、共同プロジェクトとして政策研究に取り組んでいることが、ヘリテージ財団の強みであると筆者は分析する。個人が持つアイディアの独創性以上に集団協力が重要であると考えられているのである。実際、ヘリテージ財団はいわゆるスター研究員を採用していないにも関わらず、「アイディア工場の祖」といわれるまでの評価を得ているという。
こうした事例をみていくと、米国のシンクタンクにとって、「成功の秘訣」と呼べるような特定の要件は、必ずしも存在しているわけではないことが分かる。組織運営の柔軟性を阻害するような学術的水準に対するこだわりや、日本的経営の特徴のひとつとして批判にさらされがちな終身雇用制度さえも、場合によっては組織の強さを引き出す要因となり得ているのである。これは、当該方針・制度が、その組織の歴史や土壌を踏まえて策定された経営方針や、その組織で適用されている他の経営手法などと整合的であり、その結果、組織全体のパフォーマンスの向上に寄与したためであると考えられる。
翻ってわが国の状況をみると、受け入れ側の組織の状況に構わず、経営手法のみを取り上げてその良し悪しを評価する向きが散見される。成功の源は、経営手法そのものにあるのではない。重要なのは、組織の歴史や土壌を踏まえた上で、自らの強みをどのように見いだし育てていくかという戦略の有り様であり、それを実現するために適切な手法を活用できるか否かである。たとえ最新の経営理論であっても、それを無批判に導入するといった愚は避けたい。