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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

ブルー・オーシャン戦略:競争のない世界を創造する :評者:日立総合計画研究所 井口晶子

2006年6月14日

競争のない新たな市場

「ブルー・オーシャン戦略」。知らない人が見れば一体何の本かと疑問に思うかもしれない。本書は世界トップクラスのビジネススクールINSEADの著名教授、W・チャン・キムとレネ・モボルニュによって書かれた事業戦略論である。本書で紹介される「ブルー・オーシャン」とは、競争のない新たな市場を指す。血みどろの戦いが繰り広げられる既存の市場「レッド・オーシャン」を抜け出し、競争自体を無意味なものにする未開拓の市場「ブルー・オーシャン」を目指すにはどうすればよいのか?本書ではその航路が示されている。

では、「ブルー・オーシャン」とはどのような市場なのであろうか?「ブルー・オーシャン」を創造することに成功した身近な例を挙げると、シルク・ドゥ・ソレイユ(ストリート・パフォーマーたちによって1984年に設立されたカナダのパフォーマンス集団、以下シルク)がある。シルクは斜陽産業であったサーカス業界において、伝統的なサーカスに演劇の要素、テーマとストーリー性を付加することによって、今までにない、大人という新しい顧客をひきつける新たなライブ・エンターテイメント市場を創造することに成功した。すなわち、従来の子供向けサーカス市場とは異なる新しい市場、「ブルー・オーシャン」を創造したのである。

この事例で重要なポイントは、シルクが従来の子供向けサーカス市場の顧客を奪ったのではなく、大人という新たな顧客を獲得し、新市場を創造した点である。顧客獲得競争が激化し、利益率が下がる一方の従来のサーカス市場:「レッド・オーシャン」とは異なり、シルクの創造したライブ・エンターテイメント市場:「ブルー・オーシャン」では競争相手がいない。そのため、シルクは高い売上高と成長率を維持することができたのである。

実際にこのような「ブルー・オーシャン」を開拓するにはどうすればよいのだろうか?本書はそのための手法やツールを紹介しているが、注目すべきは「ブルー・オーシャン戦略」では新市場を開拓して新しい顧客ニーズを満たすための商品を提供する点である。往々にして、企業は新商品を開発する際、既存市場をターゲットにしがちである。「レッド・オーシャン戦略」は、既存市場で既存の顧客ニーズを満たすための商品を開発する。だが、「ブルー・オーシャン戦略」は、現存の顧客ニーズを疑ってみることから始まる。すなわち、今ある顧客ニーズではなく、現在商品を買っていない他の顧客のニーズを分析し、新たな顧客ニーズを発掘するのである。そしてそのニーズに基づき、商品に顧客が求める新たな機能を付与し、無駄な機能を削除することによって、新しい価値を持ち、かつ低コストの商品を提供して新市場を開拓することができるのである。例えば、ソニーはかつて「家でいい音楽を聴きたい」という既存の顧客ニーズを疑い、「いつでもどこでも音楽が聞きたい」という新しいニーズを発掘した。そして既存の音響製品の必要ない機能を削除することで、ポータブル音楽プレーヤーを開発し、若者にも手が届く価格で提供した。その結果、巨大な新規市場を開拓し、ソニーは全世界にその名前を知らしめたのである。また、最近ニュースで紹介されて話題になったが、日本のスポーツメーカーが男性向け上半身付水着を開発した。学生、あるいはクラブに所属している若手層の男性を想定した「男性水着に上半身は必要ない」という既存のニーズを疑い、「体のラインを隠したいけど普通の T シャツで水に入るのは嫌」という中年男性の新たなニーズを発掘し、男性向け上半身付水着という新市場を開拓したケースも、「ブルー・オーシャン戦略」の一つと言えよう。

だが、企業にとって今までの顧客を疑い、新規市場を切り開いていくのは簡単な事ではない。最も難しいと考えられるのは、組織運営面でのハードルを乗り越えることだろう。今まで既存の顧客ニーズを前提に活動してきた各部署に対して、いきなり今の市場を捨て去って新しい市場を開拓しろと言っても反発されて協力が得られないであろう。本書では、この組織の壁を乗り越えるための手法として「ティッピング・ポイント・リーダーシップ」を紹介している。これは「ブルー・オーシャン戦略」の発案者は、組織内で影響が大きい一部の人、各部署や組合などのリーダー着目し、その人々に集中して働きかけを行うことによって、組織全体の意識を改革することが可能である、という説である。では、日本企業に対してもこの手法は有効であろうか。リーダーに権力が集中しており、リーダーに対して働きかけを行えば組織全体が動く企業においては、ティッピング・ポイント・リーダーシップは有効であろう。日本企業ではリーダーの地位にある人だけでなく、高い役職になくとも組織を動かすために多大な貢献をしている人々が多く、リーダーに働きかけを行うだけでは組織は動かないことが多い。そのため、日本企業においては、「ブルー・オーシャン戦略」の発案者は一部のリーダーに訴えるだけでなく、従業員各個人の意識を変える取り組みを行うことが必要なのではないだろうか。すなわち、「ブルー・オーシャン戦略」の発案者には、戦略を実行し、成功に導くために組織の構成員の賛同を得てコンセンサスを取ることができる高いコミュニケーション能力が求められるのであろう。

現在の「レッド・オーシャン」で競合他社との血みどろの戦いに疲れている人は、本書を一読して戦略と手法をマスターし、競合他社のいない新規市場の開拓を目指してみてはどうだろうか。本書で紹介される新しい戦略をマスターし、さらに自分自身のコミュニケーション能力を発揮して組織の意識を変える働きかけを行うことで、「ブルー・オーシャン」が開けるかもしれない。

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