研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2009年12月9日
グーグルはインターネットの検索サービスを運営する会社である。日本でも同名の検索サービスを使って何か調べることを「ググる」と表現することがある。米国ではMerriam-Websterなどの一部の辞書で「google」という単語を動詞として掲載して一時話題となった。さらには、クラウドコンピューティングを生み出す一方、ストリートビューによるプライバシー侵害問題を起こすなど、話題に事欠かない同社の成長の過程と、今後の方向性について本書は紹介している。
グーグルは1998年にラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンのたった二人でガレージから創業した、典型的シリコンバレーベンチャー企業である。わずか10年で、社員数約2万人、売上高約2兆706億円、純利益約4,019億円、時価総額約9兆2,098億円(2008年度、1ドル=95円換算)と世界屈指の大企業へと急成長を遂げた。
本書では「技術者の理想郷」を作り出したことが、グーグルの成長の原動力になっているという仮説を述べている。グーグルというと、プール付の豪華なジムから、託児施設やマッサージルーム、散髪に洗車、一流シェフが腕を競う社員食堂まで、すべて無料であるという福利厚生の話が取り上げられがちであるが、本書ではそのような表面的なサービスだけでなく、人材の活性化を促す経営手法にも注目すべきであると述べている。例えば、彼らは「20%ルール」と呼ばれる就業ルールを持ち、就労時間のうち20%、すなわち週5日のうち1日は、自分の好きな研究に打ち込めるのだという。研究成果は、社内のオープンスペースで随時発表を行い、意見交換の場を設けている。ほかにも、本社ビルの壁のあちこちが、「Google Master Plan」と書かれたホワイトボードになっており、社員たちが自由に「グーグルの将来の夢」を書き込み、別の社員が「マインドマップ(キーワードを中央に置き、それに関連するキーワードやイメージを放射状につなげていき、発想を伸ばしていく表現技法)」の要領で、さらに発展させていく。
つまり、筆者のいう技術者の理想郷とは、技術者が自分のやりがいを感じる研究や開発に、食事などほかのことを気にせずに集中できる環境のことであり、例えば20%ルールで自分のテーマを会社が容認し後押ししてくれたり、「Google Master Plan」で漠然とした夢を仲間の力を借りて次第に具現化させたりすることで、社員自らが創造的活動や自己成長を図ろうとするインセンティブを与え、個々の力を引き出すことに成功したのだと評者は考える。
国内IT業界は、労働集約的産業、または3Kなどと呼ばれて揶揄(やゆ)されることがある。最近では学生の理数系離れも目立ってきている。筆者は、あくまで個人的見解としながらも「グーグルは、21世紀に相応しい社会や仕事ぶり、暮らしぶりとは何かについて、考えるきっかけを与える巨大な実験プロジェクトではないか」と述べている。さらに、「私の願いは、単にグーグルってすごいんだと驚いてもらうことではなく、本書から、これから先の日本の企業や社会、そして人々の生活を想像し、創造する何かのヒントを得てもらえれば、というところにこそある」と主張している。グーグルの奇抜な企業スタイルをただまねすることには賛成できないが、小さなアイデアも大切に育てようとする姿勢など、参考とすべき点は多いはずであると評者は考える。
グーグルを取り巻く環境の変化は著しい。ストリートビューによるプライバシー侵害や、ブック検索訴訟によるネガティブなイメージの拡大や、CEOのエリックシュミットによるクラウドやOS事業参入などの発言に対する業界の過剰ともいえる反応など、同社の一挙手一投足が常に周りの注目を集め、物議を醸し出している。最近グーグルは事業範囲の拡大により、創業以来のミッションステートメントである「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」との矛盾を指摘する声も出始め、ラリー・ペイジ自身もその見直しを示唆している。しかしこれはグーグルの成長がピークを過ぎたというよりも、揺籃(ようらん)期を過ぎ、次のステージへ進化しようとするものだと理解するのが正しいだろう。
検索サービス市場で、確固たる地位を築いた同社は、今や有数のグローバル企業であり、インターネットの世界における巨人である。新しいOS事業ではマイクロソフトと競合する。FacebookやTwitterといった新興勢力の台頭も著しい。急成長を遂げ、挑戦する立場から挑戦される立場に立つ時、グーグルは「技術者の理想郷」を維持し続けることができるのであろうか。グーグルの「自己実現」の経営システムの真価が試されるのはこれからであろうと評者は考える。