ページの本文へ

Hitachi

メニュー

株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

The Sharing Economy:the end of employment and the rise of crowd-based capitalism :評者:日立総合計画研究所   白木 三沙

2016年9月6日

「シェアリングエコノミー」と呼ばれる経済概念に基づくサービスが米国を中心に急速に普及している。シェアリングエコノミーとは、個人や企業が「所有」する資産を、家族や友人だけでなく、必要としている人たちと「共有」する経済概念である。車の所有者が空き座席を他者と共有するUber、空き部屋を共有するAirbnbはその代表例である。この新潮流はどのような未来へわれわれをいざなうのであろうか。

シェアリングエコノミーを扱う文献の多くがビジネスの動向解説を行うミクロ視点に立った分析が中心であるのに対し、本書は社会経済へもたらす影響をマクロな観点からも分析している。著者のニューヨーク大学スターンビジネススクール アルン・スンダララジャン教授は、デジタル技術がもたらす経済構造変化を研究しており、シェアリングエコノミーの有識者として、連邦・州政府・ホワイトハウスへの進言や世界経済フォーラムへの登壇、ハイテク企業のアドバイザーなど、広範に活躍している。

そもそもシェアリングエコノミーはなぜ広まってきたのか。著者は四つの加速要因を挙げている。

一つ目はソーシャルメディアの拡大である。物理的な距離に関わらず、趣向や価値観の合う人たちとコミュニティが手軽に形成できるようになったことが、シェアリングエコノミー発達の土壌を造った。そして、ソーシャルメディアの拡大とともに、シェアリングの対象はモノにとどまらず、新しい人との出会いやホスピタリティなどの体験に広がる、と著者は述べる。その一例として、利用場所や日時だけでなく、運転者・利用者双方の嗜好(しこう)(乗車中にどのくらい会話したいか、音楽をかけたいかなど)もマッチングの対象とするカーシェアリングサービス BlaBlaCarの事例は興味深い。

二つ目の加速要因は都市化の進展である。都市化に伴い、車や土地などの資産の「所有」コストが上昇した結果、バスや電車の「利用」ニーズが高まったと分析している。また、スマートフォンなどを使いネットでいつでもどこでも欲しいだけ買うニーズが高まり、消費者行動が変化した。以上のような都市化に伴うライフスタイルの変化によって、必要なときだけ資産やサービスを「利用」するシェアリングサービスが受け入れられる礎が築かれたと著者は述べる。

三つ目の加速要因は、企業の垣根を越えた連携の進展である。競争の激化や市場の不確実性の高まりにより、自社に足りないサービスやアイデアを外部から取り込むアウトソーシングやクラウドソーシングなど、リソースの「所有」から「利用」への転換が進んでいる。テレワークで働くフリーランサーと企業とのマッチング、雇用・業務管理を行うoDesk社(現Upwork社)は、リソース(ヒト)のシェアリングの事例の一つである。このマクロトレンドは、重機や医療機器、製造機器や物流などのシェアリングサービスへと広がっていくと著者は展望する。

四つ目はオンライン決済の浸透である。Paypalなどスマートフォンによるオンライン決済サービスの拡大により、従来は煩雑であった非現金での小口支払いが容易になっている。この非現金決済の取引コストは、ビットコインなどの仮想通貨によって、大きく減少していく。著者は、ビットコインの根幹を担う技術であるブロックチェーン技術に着目する。この技術により、取引仲介手続きや手数料を大幅に省略した簡便な取引モデルが可能となり、P2P型(相互直接取引)のシェアリングサービスが加速的に拡大することが期待されるからである。

上記四つの加速要因は、「ミレニアル世代」と呼ばれる1980年から2000年頃に生まれ、インターネットやデジタル機器に幼少期から接している世代において特に顕著な消費スタイルである。ミレニアル世代が米国で最大の世代となることで、今後シェアリングエコノミーはますます拡大する、と評者は考える。

加えて、著者は、シェアリングエコノミーが拡大するためには、本書の副題にあるように、個人が所有するモノやカネなどの資産を主体とした「Crowd-based capitalism」(クラウド資本主義)の社会的受容に向けた環境整備が必要と述べる。その成立の条件をサービスの利用者(需要側)と提供者(供給側)の二つの側面から言及している。

需要側の条件としては、自己責任で行われるP2P取引に関して、不当な条件や劣悪なサービスを規制する社会システムの整備を挙げる。個人と個人の間で需給が多様に直接つながりサービス取引が成立するシェアリングエコノミーでは、当局が個別の取引活動を規制することは社会的コストがかかり現実的には困難と主張する。その上で求められる新たな社会システムとして、利用者による評価を点数化するレビュー評価制度、シェアリングサービスの管理者同士が自ら監視し合う業界団体の形成を掲げる。評者はサービス取引において自己責任は高まるが、このようなレピュテーション(評判)を活用した施策は、コミュニティをベースに広がったシェアリングエコノミーとの親和性が高いため、効果が期待できると考える。

次に、供給側の観点では、サービス提供者へのセーフティネット(社会保障)整備の重要性を著者は指摘している。特にP2P型のシェアリングエコノミーでは、個人がフリーランサーとして直接サービスを提供するケースが増加するが、現状のセーフティネットは企業と個人の雇用関係を対象としており、シェアリングエコノミーの拡大を想定したものにはなっていない。雇用関係の有無に依存しない新たなセーフティネットの仕組みを整備することで、身分が保障され、サービス提供者が増加する。著者は施策例として、政府が支給対象の制約なく全国民に毎月一定額を支給する最低所得保障(ベーシックインカム)制度の導入を挙げる。労働意欲低下が懸念されるが、著者はカナダの貧困層に対する4年間の所得保障に伴い労働意欲が向上した実証実験のデータを根拠に、むしろ労働意欲を高めるとしている。

著者はシェアリングエコノミーにより、気の合う人たちとサービスを提供し合う中で、自身の専門性や提供したサービスが正当に評価される未来が開けるとしている。しかし、この未来ではシェアするモノやサービスは個人の能力・技能に大きく依存する。評者は能力を持たないと評価された人々にとっては、サービスを提供する機会を得ることすら難しいことから、今まで以上に顕著な格差社会を生み出す恐れも感じる。

本書では近年急速に拡大しているシェアリングエコノミーの現状と今後の課題について、社会的経済的インパクトから規制、社会保障にいたるまで俯瞰(ふかん)的に解説している。本著で示されている提言には、格差拡大など実現する上での課題も想定されるが、今後求められる社会システムを展望する上で、一読の価値がある。

バックナンバー

TRUST

2019年06月10日

人材覚醒経済

2017年11月14日

「残業ゼロ」の仕事力

2015年03月12日

機械との競争

2014年01月23日

2020年のブラジル経済

2013年04月04日

TPP参加という決断

2012年03月28日

事実に基づいた経営

2011年03月30日

イノベーションを興す

2010年10月21日

不況学の現在

2010年04月16日

Ambient Intelligence

2009年03月03日

リスク

2009年01月11日

現代の金融政策

2008年08月01日

未来をつくる資本主義

2008年06月22日

Green to Gold

2008年02月14日

日本人の足を速くする

2007年09月12日

ホワイトアウト

2007年05月02日

マネー・ボール

2007年04月09日

不都合な真実

2007年03月25日

Our Iceberg Is Melting

2007年01月11日

第三の時効

2006年12月22日

会社は誰のために

2006年11月29日

新訂 孫子

2006年09月08日

君主論

2006年08月08日

サムスンの研究

2006年07月24日

CIAは何をしていた?

2006年05月29日

失敗学のすすめ

2006年05月15日

ホンネで動かす組織論

2006年05月10日

実行力不全

2006年04月25日

闇先案内人

2006年02月22日

研究者という職業

2006年01月18日

組織の盛衰

2005年11月03日