研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2017年11月14日
2017年3月28日、政府の働き方改革実現会議から「働き方改革実行計画」が発表された。「働き方改革」と聞くと、長時間労働の是正施策に注目が集まりがちだが、政府が日本の成長戦略の一つとして本改革を捉えている点を見逃してはならない。著者は経済企画庁(当時)、経済産業研究所勤務を経て、現在慶應義塾大学大学院で教壇に立ち、2007年から日本の労働市場制度・雇用システムのあり方に関する研究に従事、2013〜2016年まで内閣府の雇用ワーキンググループ座長も務めている。本書では、日本が生産性を高める鍵は「ヒト」の活性化であるにもかかわらず、これまで金融危機や不良債権といった目前の問題にかかりきりで、最も重要な人財育成や雇用制度の見直しが後回しにされてきた、という問題意識を述べている。企業が人財活性化の重要性を再認識し、さらに個々の人財が本来自分の持つ能力に「覚醒」することが重要であり、その「覚醒」した人財を企業が活用して日本経済全体の成長につなげることこそ、「働き方改革」に必要な取り組みである、としている。
著者は長期雇用、後払い賃金、年功序列といったさまざま制度の下で日本に定着している「無限定正社員」という雇用慣行の改革が必要と、主張する。無限定正社員とは「職務、勤務地、労働時間(残業の有無)が事前に定められていない」正社員のことである。本書は、この無限定という暗黙の条件が、個人の能力と連動しない給与の上昇や雇用・待遇保障による人件費の増加、会社都合による勤務地、労働時間の決定や変更による女性の社会進出を阻害するなどの弊害を生み出しているとし、さらに企業の競争力を押し下げ、潜在成長力も抑制していると指摘する。無限定正社員が改革の対象として今日まで注目されなかった理由は、企業にとっては配置転換がしやすい、労働者側にとっては雇用・賃金が保障されるなど労使双方にメリットがあると認識されていたためであり、日本経済の成長に寄与してきたという成功体験も背景にあると指摘している。法律であれば課題が認められればそれに適応した改正が行われるが、慣行は各企業の判断に委ねられるため、これまで無限定正社員にメスを入れた企業は見られなかった。
本書では、人口減少、高齢化社会といった課題を抱える日本経済の潜在成長力を高めるためには、ジョブ型正社員の増加が必要と考える。雇用制度におけるジョブ型正社員の企業内の位置づけを無限定正社員と同等レベルまで高め定着させる、すなわちデフォルト化が必要としている。ジョブ型正社員とは「職務、勤務地、労働時間のいずれかが定められている」正社員のことである。無限定正社員と比較した賃金水準の処遇格差といったデメリットはあるが、仕事から得られる総合満足度は無限定正社員よりも高いという統計*1(ジョブ型正社員:53.4%、無限定正社員は42.7%)もある。ジョブ型正社員がデフォルト化すれば、ライフスタイルに合わせて勤務地、労働時間を限定した勤務が可能となる正社員が増加し、女性に限らず男性も多様な働き方が可能となる。加えて、無限定正社員の雇用・待遇保障にかかる経費を削減し、多様な人財活用による組織の活性化によって、最終的には生産性向上につながる。
ジョブ型正社員のデフォルト化には、人事異動などの各種制度や組織運営をこれまでの無限定正社員を前提としたものから、多様な人財が働くことを前提としたものに変える必要がある。例えば無限定正社員とジョブ型正社員の双方向の転換制度を確立している企業は少なく、日本企業の正社員のうちジョブ型正社員は3割にとどまる原因の一つになっている*2また、多くの企業は採用時の労働条件(給与、諸手当、福利厚生など)は書面で明確にしているが、ジョブ型正社員に転換した場合に条件が適切か、例えば無限定正社員と比較した場合の基本給の減額率明示などの事前説明の徹底も求められる。
国の各種制度の問題もある。無限定正社員を前提とした定年制の仕組みもその一つである。現状の定年制は定年後の再雇用は義務付けられていないため、定年後も働く意欲が高く、一定のジョブスキルを持った正社員の活躍の場を結果的に奪う形になっている。そこで著者は、働く期間を指定する定年制を撤廃し、働く期間も含めて個人にあった働き方ができる機会を企業が提供することを提案している。定年制は年金など社会保障制度と密接に関係するなど、社会に与える影響が大きいため十分に配慮した検討が必要と強調した上で、ジョブ型正社員のデフォルト化のための「劇薬」として定年制廃止を提案している。
ジョブ型正社員の社会保障制度の見直しが実施され、企業においてジョブ型正社員が定着化することで、企業は多様な人財活用を促進させ、その潜在成長力を強化する効果を期待できると本書は述べる。
本書では働き方改革を成功させる鍵は成功体験や固定観念からの脱却だとし、これを「我々の頭=『岩盤』に『ドリル』を向ける」と表現している。本書は、企業経営者に対し、長時間労働の是正などこれまで実施してきた対策が企業の潜在能力向上に寄与するのかという基本に立ち戻るための示唆に富む。また、日本の雇用制度を分かりやすく記載しているという点において、企業経営者だけでなく、今の自分の働き方について疑問を持つ労働者の方にもぜひお勧めしたい一冊である。