研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2006年5月10日
本書は、組織に焦点を当て、日本の社会システムの一つである「ホンネとタテマエの使い分け」について、その矛盾と弊害、及びそれらに対する解決策を論じたものである。因みに、著者は、経済学のバックグラウンドを持ち、大学で「個人を生かす組織・社会、働き方」について専門に研究している。
本書によれば、これまでの日本の組織は、「ホンネとタテマエの使い分け」でなんとか円満にやってきたが、近年、その限界が露呈し始めている。その原因は、ここ10年くらいの間に働く人の価値観や行動様式に変化が起きて、ホンネとタテマエのすれ違いが生じているためであると、と本書は指摘している。
そこで、本書ではまず、ホンネを無視した組織のタテマエ論がいかに空疎で有害かを明らかにする。また、ホンネから乖離し、タテマエ論に支配された会社組織ではグローバル競争を勝ち抜けない、と危機感を示している。その上で、組織を、タテマエ論ではなく、「個人のホンネにうったえ動機づけるシステムへと変革する」には、つまり「ホンネで動かす組織」をつくるには、どうすれば良いかについて提唱している。
働く人の価値観や行動様式の変化について、本書では様々な統計データを用いて解明している。その統計データの中で、最も驚きであるのは、日本人の組織への帰属意識が低下していることである。これまで、日本人は組織への帰属意識が強く、組織に一体化して行動することを好む国民と言われ続けてきた。しかし実際には、組織に対する日本人の帰属意識は、欧米諸国と比べても、極めて低い水準にある。
本書は、こうした働く人たちの心理的な組織離れという「ホンネ」に会社側は薄々気付きながら、「会社と社員は一種の運命共同体である」等のタテマエをあくまで貫き通そうとすることに問題があると説く。やっかいなのは、このような会社側のタテマエ論に対し、社員もタテマエ論で応じる時である。その結果、組織に充分な貢献をしてないにもかかわらず、現在の比較的恵まれた待遇を手放したくないために、転職もしないで「組織にぶら下がる社員」や、表向きは組織の価値や目的を従順に受け入れる模範的な社員を演じながら、内心では自分の利益を追求する「ホンネを隠し演技する社員」などが生み出され、会社全体の生産性が落ちるといった現象がおこる。『ウン、ウン、うちの会社にも、こういう人はいる。』と、頷く読者も多いのではないだろうか。
以上の通り、本書は全体的にも非常に興味深い内容となっている。しかしながら、敢えて不満を挙げるとすれば、前半で論じられている陰鬱な「タテマエ主義」の矛盾と弊害に関する説明が少々長すぎることや、弊害の処方箋となる解決策の記述が少なく、具体性に少し乏しいことである。
とは言え、日常的に遭遇しそうな様々な労働現場での事例やエピソードがふんだんに盛り込まれ、全体的に非常に分かりやすい内容となっている。会社勤めの人なら、一度は感じたことがある筈の組織に対する疑問や不満を論理的に解き明かしてくれるし、経営者なら、今後どのような組織づくりをすれば良いのかについて光明を与えてくれる。これらの点においては読みがいのある本である。