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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

地球の政治学:環境をめぐる諸言説 :評者:日立総合計画研究所 川島直樹

2008年10月7日

なぜ、あの人と環境の話は通じないのか

「環境問題」をキーワードとしてAmazon.co.jpで検索すると、6,839件の和書がヒットする(2008年7月2日検索)が、それらの立場は実に多様である。本書は、なぜこのようにさまざまな立場があるのか、何がそのように異なる立場を分ける要因になっているのかを理解するのに有効な書籍である。

著者のドライゼクは、オーストラリア国立大学社会科学研究科政治学プログラムの社会・政治理論教授であり、民主主義理論と実践、および環境政治に関する著作で知られている人物である。

著者は、政治学や哲学で用いられる「言説分析」という手法を使って、環境問題に対する異なる立場を分析・分類している。その切り口は、(1)そもそも「自然」というものをどのようにとらえるか、(2)自然と人間との関係をどのようにとらえるか、(3)環境問題における主役(プレーヤー)とその意図をどう見ているか、(4)「宇宙船地球号」といったメタファー(隠喩)やレトリックをどのように使っているか、といった根本的な問いかけである。

この分析に基づき、環境問題に対する多くの立場を分類するための軸として、最終的に、下図のような2軸を特定している。一つ目は、資本主義制度の改良を進める「改良主義的」立場か、根本的な制度変革を求める「ラディカル」の立場かという軸である。二つ目は、環境問題を既存社会の制約ととらえてその解決を目指す「常識的(Prosaic)」立場か、環境問題を新しい社会形成の機会ととらえる「独創的(Imaginative)」立場か、という軸である。この二つの軸によって、以下のような5つの代表的な環境問題への立場に分類している。この5つの区分はやや難解だが、評者なりに大局的解釈をすれば以下のようになる。

  1. 「環境問題の解決」:資本主義制度の下で、行政などの公共政策を通じた解決を求める立場
  2. 「生存主義」:ローマ・クラブに代表されるような資本主義制度の限界を主張し、エリートによる統制を通じて解決=生き残りを図ろうとする立場
  3. 「持続可能性」:資本主義制度の下での関係者の話し合いによって、環境的価値と経済的価値とのあつれきを解消しようとする立場
  4. 「緑のラディカリズム」:グローバルな産業社会の基本的な構造の限界を指摘し、人間と社会や自然との新たな関係を主張する立場
  5. 「プロメテウス派」:上記「生存主義」への反論として生まれたため、環境問題は存在しないとする立場(そのため枠外に位置する)

<図表1> ドライゼクが分類する5つの立場
<図表1> ドライゼクが分類する5つの立場

例えば、直近では、気候変動問題が大きな地球的課題と言われているが、著者は、アル・ゴアの「不都合な真実」やスターン卿の「スターン・レビュー」が、「生存主義」の持っている終末論的なイメージを喚起する可能性があると指摘している。一方、ブッシュ政権下の米国政界では「プロメテウス派」が優勢で、「米国の経済的なインテレスト(利益)は環境的な配慮よりも優先し、そして、環境的な配慮は自分たちで引き受けることができる」とする「プロメテウス派」の立場に基づき、2001年に京都議定書から離脱したと分析している。日本については、著者の分析によれば、政界・財界・環境主義者・科学者を含んだパートナーシップにより環境問題を解決する「エコロジー的近代化」(「持続可能性」の立場に含まれる)が1990年代まで進められ、高いエネルギー効率の実現など一定の成功を収めたとしている。

本書では、やや難解な表現方法がとられており、そのようなスタイルに慣れていない読者には、明確な分析になっていないと映るかもしれない。しかし、本書のような手法は、環境問題について議論していても「話が通じない」のはなぜかを理解するのに役立つだろう。異なる立場を理解する努力こそが、環境問題のみならず、多くの社会的な課題への現実的な解を見いだすための出発点となるだろう。

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