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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

オシムの言葉:フィールドの向こうに人生が見える :評者:日立総合計画研究所 手島俊平

2006年3月9日

サッカー史に残る名将 イビツァ・オシムの考える組織論

コンピュータウイルス、金融バブルの形成と崩壊、コレラなどの伝染病、文化における流行、ホタルの発光の同期・・・。皆さんは、これらの共通点について思い当たるものはありますか?本書によれば、それは「複雑ネットワーク」というものです。本書は、複雑ネットワーク研究におけるパイオニアの一人で、現在は米国コロンビア大学社会学部准教授のポストにある物理学者であるダンカン・ワッツにより書かれた複雑ネットワーク研究についての物語です。この分野の研究で今までに明らかになったこと、現実の世界にある複雑ネットワークの実例が、活気にあふれた物語のようなスタイルで説明されています。では、本書の内容から、産業組織に関する部分をご紹介しましょう。

ジェフユナイテッド市原・千葉。J1リーグ所属。数年前まではリーグ下位、J2降格争いの常連だったこのクラブが、現在では常に優勝を争っている。そのようなチームを率いるのはイビツァ・オシム。ボスニア出身。64歳。1990年のイタリアW杯でユーゴスラビア(当時)代表監督としてチームを8強に導き、ギリシア、オーストリアでも指揮したクラブにタイトルをもたらす。そんな彼が名将と呼ばれる理由は何か?弱かったジェフをどのようにしてリーグの強豪クラブに変えたのか?評者の素朴な疑問から手に取ったのがこの本である。

名将の条件とは何か?もともと強いチームを率いて結果を出しても、指揮官の手腕で勝ったとはみなされず、それほど高い評価は得られない。財政難、戦力不足、選手間の不協和音がまん延しているなど、いかに困難な状況下にあるチームを強くするのか?これこそ指揮官としての手腕の見せ所であると思う。ここでは彼の監督生活のうち、ユーゴスラビア代表監督時代、そしてジェフの監督である現在にスポットをあてて、彼の頭にある「組織」とは何かを考えたい。 まずはW杯8強に導いた、ユーゴスラビアの代表監督時代である。評者は以下の2点から、彼が名将たるゆえんを見たように思う。

第一に、ユーゴスラビアという、民族紛争の火種を抱えているという状況下にあっても各国メディア、政治的圧力に屈さずに自分の信念を貫き通したこと。"代表の試合が行われる場所により選抜される選手、いや、民族が異なる"という慣習をぶち壊し、民族の枠を超え、常に自分が最適と思う選手を選抜し続けた。 第二に、W杯初戦という重要な試合において"わざと負ける"という、大胆不敵な策によりメディアを沈黙させたこと。メディアが使えといった選手は攻撃的な選手ばかりであったため、守備が破たんして大敗することは確信していた。しかし彼の頭には、「1試合落としても残り2試合勝てば決勝トーナメントに進むことができるのだから、ここで負けておいてメディアを黙らせるほうが得策だ」という深謀遠慮があった。

チームスポーツにおいて、個々の才能が優れているだけではチームは勝てない。優秀な才能の集まりすぎたチームに、エゴがもたらされることは往々にしてあることだ。オシムいわく、「優秀な才能が集まりすぎるとかえって難しい。」ほんの数名の優秀な才能を軸に、他の脇役で補完させることにより、最適な組織運営となる。これこそ彼の用兵の真骨頂ではないか。

次に、ジェフ監督としての現在である。財政難から補強もままならず、年俸の高騰した選手を引き留めることもできないという状況下において、いかにして優勝争いをするような強豪に育て上げたか?評者は以下3点と考える。 第一に、全員攻撃、全員守備という、チームプレーの意識を徹底させたこと。個々人がまとまらなければチームという組織は成り立たない。クラブのキャッチフレーズでもある"WIN BY ALL"、"全員で勝つ"をまさに地で行っている。チームの得点王ですら、守備をしない場合には起用しないほど徹底している。 第二に、選手を色眼鏡で見ないこと。自らスカウトしてきた外国人選手を偏愛することなく、日本人選手以上に厳しく当たる。"実績、年俸を問わず平等に接する。"実際には実行できない指導者が多い中、彼はまさに実行している。当然他の選手も"平等に見てくれている"と感じ、選手間で不協和音が出ることもない。 第三に、選手のモチベーションをアップさせるのにたけている、ということ。彼の場合、「ミスをした選手を使わないと、ミスを恐れてリスクを冒さなくなり、成長の大きな妨げとなってしまう」という信念のもと、選手自身で考えることをサポートする、という姿勢が終始一貫している。選手のミスに対し、厳しく指摘すると同時に辛抱して起用し続けた。選手もミスを取り返そうと必死にプレーする。

イビツァ・オシム。周囲に惑わされることなく自らの信念を貫き通す豪胆さ、明敏な頭脳による深謀遠慮、チームプレーの意識付け、平等な選手起用、モチベーションアップにたけているという、理想的な指揮官像を具現化したようなその姿は、まさに名将と呼ぶにふさわしい。特に、チームプレーの意識付けという点に、今後の日本企業が目指すべき「全体最適の追求による全員経営の実現」のための重要なヒントが隠されているのではないか。 組織運営という観点以外にも、含蓄のある彼の言葉が網羅されている本書、是非一読をお勧めする。

余談であるが、ジェフのサポーターとして、今年こそ千葉にリーグ戦初優勝の栄冠をもたらしてくれることを祈る。

『ユーゴスラビアを率いるオシムは、勝っても謙虚さを忘れず、負けても毅然としていた。我々はそんな彼の態度に感銘を受けた。そんなユーゴスラビアに勝ったことにより、我々は優勝に邁進できた。彼らは全ての戦いにおいて輝いていた。』

当時の西ドイツ代表監督 "皇帝" フランツ・ベッケンバウアー

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