研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2018年11月6日
人はこれまで、大きな目的を達成するために集合し、組織を形成してきた。また、目的の変化に伴い、組織を進化させてきた。本書では、これまでの人類の歴史上で段階的に生み出された組織モデルを7色で示している。そして、人との協働で自己実現の欲求を満たす、最も進化した組織モデルをカモの羽色(青緑色)を表す“ティール”組織と呼んでいる(表1)。
表1 組織の発展段階
ピラミッド型の組織構造であるオレンジ組織は、現代の企業・行政機関・非営利組織に多く見られる組織モデルである。ピラミッドの頂点で決定された意志が、底辺に向かって徐々に分解され広がっていく上意下達による指揮系統は、階層化された組織の役割・責任を明確化し、工業化時代以降、労働者を効率的に管理する有効な仕組みであった。しかし、現代のオレンジ組織を構成する労働者の多くは、細分化された役割・責任の遂行により、組織の利益追求が求められる中で、仕事への情熱や自分らしさの表現の機会が制限されている、と本書は指摘する。これに対しグリーン組織は、ピラミッド型の組織構造を維持したまま、労働者のモチベーションを高める組織モデルであり、さらにティール組織は、ピラミッド型の組織構造から脱却することで、労働者をこれらの制限から解放し、オレンジ組織よりも高い生産性を実現する組織モデルである、と述べられている。
著者のフレデリック・ラルーは、マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとして10年以上にわたり組織変革の実務に携わった経験から、ティール組織の出現を指摘し、事例研究を通じて、その特徴を明らかにした。著者はマズローの欲求五段階説*1を参照しながら、人は生活水準の向上に伴い、より高次の欲求段階に移行するため、その欲求実現に必要な組織モデルを生み出してきた、と指摘する。例えば、五段階の内、「安全の欲求」から「社会的欲求」への移行では、人は中長期的に安定した食糧を確保するため、計画的な食料生産を実現する農業の手法を開発した。ここでは、人は農作物を栽培するという一つの目的を実現するため、規則や規範に基づいた指揮命令系統に適したアンバー組織を生み出している。そして本書は、五段階の最上位にある「自己実現の欲求」に合致した組織として、ティール組織を挙げている。
ティール組織は、その業種、規模、国・地域と無関係に生まれている。本書では、オランダの在宅ケアサービス(ビュートゾルフ)、フランスの金属部品メーカー(FAVI)、アメリカの電力会社(AES)、ドイツの学校(ESBZ)といった営利企業・非営利組織の事例を基に、ティール組織に共通する構造・慣行・文化を分析し、「自己実現の欲求」を満たす三つの手法を抽出している(表2)。一つ目は「自主経営」である。管理職のいない少人数のチームを構成し、メンバの役割は自主的に決めることで、迅速な意思決定を可能にする手法である。二つ目は「全体性」である。組織を活性化し、お互いに助け合って目的を達成しようという一体感を生み出す手法である。三つ目は「存在目的」である。利益追求より魅力的な、組織に貢献するモチベーションを労働者に与える手法である。
フランスの金属部品メーカーであるFAVIは、自動車製造用のギアボックス・フォークを生産する営利企業だが、CEOの交代を機に上記三つの手法を導入し、ピラミッド型の組織構造をティール組織に変革した(表2)。ここでのポイントは、企業組織にいかに個人の創造性を持ち込むか、であったと評者は考える。競合他社が人件費削減のために生産拠点を中国に移す一方で、唯一欧州に残りながら、ギアボックス・フォーク市場で50%のシェアを獲得し、高い利益率と給与水準を維持している。FAVIの組織構造・慣行・文化は労働者に強く支持されており、事実上離職者はおらず採用・教育コストが抑制されていること、組織としての習熟度・創造性が高いレベルで維持されていることなどが同社の成長を支えている要因と推察される。
表2 ティール組織の特徴:FAVIのケース
過去の企業は、利益を追求するために存在し、利益を上げることで企業価値を高めてきた。オレンジ組織は、管理職が労働者に職務規則という形で組織での役割を強制し、効率的に利益を上げてきた。しかし、SDGsに代表されるように、持続的社会構築への貢献が求められる現代の組織は、社会においての存在価値を問われている。また、現代の労働者は、高い給与水準のみならず、自分の可能性・創造性を組織で発揮することを企業に求めている。本書は、『ティール組織においては、労働者が自分の可能性・創造性を組織に持ち込み、自分らしく振る舞ったとしても、敵対的な反応を受けることは無い。労働者がお互いに助け合い、組織が「全体性」を持って行動する。また、労働者は、出世といった自分の利益よりも組織の「存在目的」実現を優先するため、組織に損害を与えたり、組織の合意形成を遅らせたりはしない。むしろ、「自主経営」による迅速な意思決定が生産性の向上を実現する』と述べている。
オレンジ組織からティール組織へ移行する必要条件は、「組織のトップとオーナー(企業の場合、CEOと取締役会)がティール組織の三つの手法に賛同し、労働者がその手法を実践できる環境を守ること」である。しかし、株主をはじめとするステークホルダーは、企業価値最大化・利益還元を求めるため、長期にわたりこの必要条件を維持することは困難である。実際、FAVIのようにティール組織へ移行できた事例は少なく、オレンジ組織に退行する場合が多い。そこで本書は、既存のオレンジ組織をティール組織に転換するのではなく、外部に新たに組織を創り、ティール組織を育成することの必要性を述べている。例えば、オランダで在宅ケアサービスを提供するビュートゾルフは、元々地域看護団体で勤務していたヨス・デ・ブロックが、団体の改革を断念した経験から2006年に設立した会社である。そして、7年間で看護師の数を10名からオランダの全看護師の3分の2を占める7,000名に増やし、同国の在宅ケアサービスのイノベーションをけん引している。また、最近注目を集めるユニコーン企業(未上場で評価額10億ドル以上のスタートアップ)の多くも、ティール組織構築に成功した事例の一つに挙げられよう。
組織に創造性や持続的社会実現への貢献が求められる中で、多くの経営者・管理者が本書を参考にすべき、と評者は考える。