研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2011年7月21日
近年、環太平洋パートナーシップ協定(Trans-Pacific Partnership、以下TPP)やASEAN+6などアジア・太平洋地域における広域自由貿易圏構想に日本はどのように関わるべきか?の議論が注目されている。本書は、注目を集めるアジア・太平洋地域における貿易・投資環境・エネルギー協力などの現状や進展を、早稲田大学大学院 浦田秀次郎教授と日本経済研究センター編著により、アジア太平洋経済協力(Asia Pacific Economic Cooperation、以下APEC)の取り組みを踏まえながらひも解き、この地域における広域経済統合の意義とその可能性を論じた書籍である。
APECは、アジア・太平洋地域の21の加盟国と地域*1から構成される。この地域における広域経済協力としては、現存する唯一の枠組である。本書は、このAPEC成立の背景とその後の進展を、各国の利害や思惑も踏まえて解説している。APECは、アジアで市場拡大を図りたい日本、東アジア経済への影響を強めたい米国、先進国からの投資誘致と輸出拡大を目指す東南アジア諸国などの思惑が一致して、1989年に発足した。その後1994年の「ボゴール宣言」により、「先進エコノミーは2010年までに、途上エコノミーは2020年までに貿易自由化を達成する」との目標を掲げ、自由化へ大きな一歩を踏み出した。しかしながら、国内圧力の影響から特定分野の自由化を防ぎたい日本、自国資本を保護しつつ自らのペースで貿易を拡大したいアジアの途上国、そして早期に具体的な貿易自由化を進めアジアにおける影響力と権益を確保したい米国など、APEC加盟国・地域の利害が交錯し、自由化の足並みはそろわなかった。結果的に、この目標達成は、メンバー各国の自主性にゆだねられ、「協調的自主的な行動」はAPECの基本原則として認識されることとなった。この点で、世界貿易機関(World Trade Organization)のような法的拘束力を伴う国際条約とは大きく異なる性質の枠組といえる。
また、本書はAPECの取り組みのみならず、現在APECに加盟する国と地域の産業構造・貿易構造などにも注目し、実体経済面での関係を明らかにしようと試みている。APEC加盟国・地域は、GDPや人口、貿易額などの主要な経済指標でみれば、世界の4〜5割をカバーする。米国・中国などの人口大国からシンガポールやブルネイなどの1,000万人に満たない人口小国、あるいは高所得国から低所得国までさまざまな国・地域が加盟しており、各国のGDPに占める産業別構成比も異なっている。このように多様性を抱えるAPEC加盟国・地域であるが、輸出依存度と、貿易の域内依存度の高さを共通した特徴として持っている。また、APEC域内には、機械や天然資源などの供給国と需要国が存在し、補完性の高さがある。これらの特徴を踏まえると、APECの域内における貿易の自由化は、その多様性、特に経済・産業の発展段階の多様性故に難しくなるが、一方、貿易の相互依存度の高さと貿易品目の相互補完性の高さは貿易自由化を推進する要素にもなり得ると本書は述べている。ここで、APEC域内における経済面の実態を踏まえて、改めてAPECの取り組みを振り返ると、APECが採った「協調的自主的な行動」の原則は、多様性を認めつつも可能なレベルで自由貿易を最大限促進しようとする、APEC加盟国・地域の苦肉の策であったと評者は考える。
ただし、自主性を原則とした結果、いまだ各国に保護主義的措置が存在していることは否定できず、APECの取り組みは高いレベルの自由化には必ずしも貢献できていない点は、本書も指摘している通りである。結果、自由化がなかなか進まず、推進に強い関心を持つ国の間のみで、貿易自由化を進めようという風潮から、2国間の自由貿易協定(Free Trade Agreement、以下FTA)や複数メンバーによるFTAの締結が特に今世紀に入って加速した。実際に、現在APEC加盟国・地域間で締結されたFTAは44*2を数える。現在注目されているハイレベルな広域FTAであるTPPもこの一つである。ここで評者として考えるのは、日本や米国などの各国企業が東アジアを中心としたAPEC途上国への投資や製造業活動を活発化したことが、さらなる経済協力やFTAへの後押しとなったのではないか、という点である。本書でも「生産ネットワーク」形成の過程とその特徴を解説しているが、まさにこの「生産ネットワーク」による実態経済の結び付きこそが、FTAをベースとしたAPEC加盟国・地域における自由化の原動力の一つとなったのではないだろうか。評者は本書を通して「既に実態上相互依存・補完関係にあるAPEC加盟国・地域間において、さらなる貿易の自由化・円滑化の促進を可能にするFTAなどの制度的基盤が確立できれば、安定した企業活動の拡大を通じて、相互の経済に持続的に大きな活力を生む」ことに広域経済統合の意義とその可能性を感じた。
本書は、2010年の日本でのAPEC首脳会議開催前に著されたものであり、TPPに対する日本の立場であったり、APEC加盟国・地域の貿易政策について最新情報を提供するものではない。しかしながら、本書には、アジア・太平洋地域における貿易自由化進展の背景に存在する、経済の相互依存・補完関係や生産ネットワークを通じた相互の結び付きを、過去の豊富な実績値や動向をもとに論じており、この地域での経済統合の意義を振り返ることができる。岐路にある日本経済やアジア太平洋経済の将来を考察しつつ、ビジネスを推進する方々におすすめしたい一冊である。