研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2015年8月17日
本書はペンシルバニア大学ウォートン・スクールのデビット・C・ロバートソン教授が5年間にわたるレゴ社関係者へのヒアリングを元に執筆した書籍である。著者はその研究成果により、スイス国際経営開発研究所(IMD)から「レゴ・プロフェッサー」の称号を授与されている。
もともと著者は65社に対するケーススタディーを通じてイノベーション・マネジメントの成功事例集を執筆する予定であったが、レゴ社関係者へのインタビューを重ねるうちに、イノベーションを推し進める上で企業は何を実行し、何をしてはいけないのかという具体的な事例を見いだし、本書を執筆することに至ったとしている。本書の原題は「Brick by Brick: How LEGO Rewrote the Rules of Innovation and Conquered the Global Toy Industry」である。本書はレゴ社がイノベーションの手法(the Rules of Innovation)を再構築(Rewrite)した事例に触れながら、イノベーション実現に向けた行動指針を示している。
本書では、レゴ社がイノベーションの手法として以下の七つの行動指針を設定し、これらをどのように導入してきたか説明している。
これらは全て、1998年当時レゴ社のCEOポール・プローメン氏が、経営の新機軸として打ち出したものである。当時連結式ブロックの特許期限切れによる新規参入企業の増加や、テレビゲームメーカーが力を増すおもちゃ業界の変化によって業績不振となった同社で、上記7項目が設定され、実行された。当初は実行のペースに社内管理が追いつかず、再び業績不振に陥ることもあったが、7項目の導入のための社内ルールの策定など継続的な取り組みにより、レゴ社は数々の新製品販売を成功させた。その結果、2007年から2012年の間、同社の税引き前利益は平均成長率38%を達成している。
上記七つの行動指針は、例えばレゴ社が伝統的な製品シリーズのデザイン再検討において『(2) 顧客理解・顧客ニーズの把握』に取り組んだ際、子どもが欲しがるおもちゃを直接聞き取りなどで調べるのではなく、子どもにさまざまなおもちゃのプロトタイプで遊ばせ、反応を見る顧客テストの導入などで実践された。この顧客テストは子ども向け列車シリーズの再検討においても活用され、列車をバックさせるギアの不要さ(3歳児は列車の向きを変えてバックさせるため)などの発見をもたらし、製品全体では生産コストを半分にするイノベーションをもたらした。さらに同社が「ブロックを使ったボードゲーム」において『(6) 競合他社が存在しない新市場での製品・サービス販売』に取り組んだ際にも、この顧客テストを活用したルールの改良などが進められ、製品売り上げの拡大に貢献したと指摘している。このように、イノベーションという概念を七つの行動指針に分解することで、新製品開発に必要な具体的なアクションに関する知見を蓄積し、他の事業領域に横展開することが可能になると評者は考える。
一方で著者は上記七つの行動指針により社内のイノベーションを促進するためには、イノベーションの方向性の共有や、推進のための社内ツールが極めて重要であるとしている。本書ではレゴ社における具体例として、上記のプロトタイプによる徹底的な顧客テストのほかに、「デザインのDNA」というイノベーションのスコープを明確にするためのツールが紹介されている。「デザインのDNA」とはターゲット顧客層、提供する遊び、おもちゃの表現スタイル(現実的なイメージか空想的なイメージかなど)などで構成されるフレームワークに従い、推進するイノベーションの概略をあらかじめ決めておくことで、幹部が新製品開発に関する指示を直接出さずとも、プロジェクトチームに開発方針を共有させ、自発的な開発を加速させる仕組みである。
本書では、レゴ社が世界的なブランドとしての地位を獲得するに至った成功事例から失敗事例まで、レゴ社に詳しくない読者にとってもイノベーションの導入経緯や成功要因が分かりやすく説明されている。5年間にわたる丹念なヒアリングは企業経営を考察する上で貴重な参考事例でもあり、今後の企業経営やイノベーション実現に関心のある読者にお勧めの一冊である。