研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2007年5月2日
ホワイトアウトとは、雪山などで吹雪や霧によって突然周囲が真っ白になり、自分の位置が全く把握できなくなってしまう自然現象である。巻き込まれた人は白一色の「闇」に取り囲まれることになる。本書はタイトルの言葉通り、周りが全く見渡せない中で戦いに挑んでいく様が書かれている。
「吉川英治文学新人賞」を受賞した本書は、ダムの運転員である主人公が、厳冬の雪山という過酷な自然の中、監禁されている親友の婚約者を助けるために、たった一人でダムを占拠した武装集団に戦いを挑んでいく過程を描いた小説である。このように作品自体が「挑戦」を主題に置いたものになっているのだが、さらに本書は作者にとっても「挑戦」の一冊となっている。
作者の真保裕一は、アニメーションディレクター出身である。仕事の傍ら書き上げた『連鎖』(講談社文庫)で、1991年に「第37回江戸川乱歩賞」を受賞し作家としてデビュー、当時からそのストーリー展開の斬新さや、構成のち密さが注目されていた。その後、『取引』、『震源』(いずれも講談社文庫)という、公正取引委員会の審査官や厚生省の食品衛生監視員、気象庁地震火山研究官などの、特殊な知識が必要とされる公務員を主人公にした、「小役人シリーズ」と称される長編の作品群を発表していく。それらはデビュー作と同様にストーリー展開や構成の面でも評価を受けたが、他にも徹底した取材に裏打ちされた細かなディテールとリアリティの面でも高く評価された。その後、『盗聴』(講談社文庫)という短編小説を発表する。この作品は、人の心情の動きに主眼を置いたものとなっており、作者にとってはこれまでとは一味違う作品作りのための習作と位置づけられ、新境地への可能性を示唆させる内容だった。
これらを経て書かれた『ホワイトアウト』(新潮文庫)は、作者がこれまでの作品の集大成として取り組み、作家としての完成を目論んだ一冊である。本書のストーリーは非常にシンプルで、「主人公が武装集団に監禁されている女性を助ける。」これだけだが、このようなストーリーは小説の王道であり、骨太のテーマである。この太い骨にどのように構成とストーリー展開という血肉を盛り付けていくかに、作者・真保裕一の力量が問われることになる。
本書はプロローグからエピローグまでを叙述トリックを埋め込みながら構成され、事実を淡々と描写していくことで、場面の情景を読者に想像しやすいものにしてある。また、登場人物の心の動きや回想に多くの紙面を割いているが、ストーリーの展開をアニメのようにテンポよく切り替えることでスピード感を持たせ、読者が飽きることがないような工夫が盛り込まれている。
本書には作者がデビュー当初に得意としていた特殊な知識を持った主人公は出てこず、複雑な取引やシステムも出てこない。出てくるのはその身一つで困難な状況に立ち向かっていくダムの運転員と、厳冬の雪山のみである。しかし、この作品は従来のものとは一線を画した高い完成度を誇るものとして、圧倒的な評価を得、他のメディアの原作としても採用されていく。作者の挑戦は成功し、ベストセラー作家としての名誉と地位を得ることとなった。
「ホワイトアウト」という白い闇の中での挑戦を描いた物語によって、作家としての挑戦を成功させた一冊。「挑戦」という切り口で見た場合、この二つが読み取れる。本書の内容もさることながら、書かれた背景やその後の展開に思いを馳せて読むことで、「挑戦」の意図がより強く見えてくるだろう。