ページの本文へ

Hitachi

メニュー

株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

イノベーションのDNA:破壊的イノベータの5つのスキル :評者:日立総合計画研究所 那須哲平

2012年3月26日

スティーブ・ジョブズ(アップル共同創設者)、ジェフ・ベゾス(アマゾン・ドットコム創設者)、マイケル・デル(デル創設者)といった著名なイノベータたちは、革新的なアイデアによって諸産業にイノベーションをもたらし、彼らの企業に圧倒的な競争優位と莫大な富をもたらした。
本書は、こうしたイノベータたちがどのようにしてこれまでにないサービス、製品、ビジネスモデルを創出したのかについて多数の実例を紹介するとともに、どうすれば彼らのようにアイデアを創出することができるのかについての指針を与えている。本書では8年の時間を費やし、革新的ビジネスアイデアを事業化した企業の創設者やCEOを対象にしたインタビューに加え、500人を超えるイノベータ(過去にイノベーションを起こした実績のある人)や5,000人を超える企業幹部から調査データを収集し、傾向の分析などを行っている。

本書はこうした調査分析によるイノベータの行動分析とともに、一般的な企業幹部とイノベータをはっきり区別する5つのスキル(本書では「発見力」とも定義)を導き出している。それら5つのスキルの概要は以下の通りである。

  1. 関連付ける力:イノベータは、知識分野、産業、地理を超えた意外な結び付きを生み出す力を持っている。時に問題を細部に分析し、時に高みから全体を見下ろすズームインとズームアウトの視点を持ち、常に物事の意外な組み合わせを考えることで、幅広い経験の点と点をつなぎ、最終的に新しいビジネスアイデアを創出する。
  2. 質問力:イノベータは、型破りな質問によって現状に異を唱える。常に常識を疑い、5W1Hの質問や5回の「なぜ」、「もし〜だったら」という質問を畳み掛けることで、それまで見えなかったものを明らかにしようとする。
  3. 観察力:イノベータは、意識的に周りの世界を注意深くうかがい、目に映るものを固定観念に同化させず、これまでの経験にない物事を鋭く捉えることで、新しいアイデアを掘り起こしている。
  4. ネットワーク力:イノベータは、新しいアイデアや洞察を引き出すために、いろいろな考えや視点を持つ人と話をする。自分と異なる分野の人々と触れ合う機会を積極的に増やすことでアイデアを刺激する。
  5. 実験力:イノベータは、新しいアイデアに基づく製品などのコンセプトを(物理的または頭の中にて)「因数分解する」、「試作品をつくる」、「実証実験を通して試す」という3種類の実験プロセスの中で手掛かりを得て、新しい洞察を促している。実験をしながら、自分のアイデアを成功させるための手掛かりを手に入れ、革新的なビジネスモデルを形作っていく。

これらの行動について、イノベータたちは一般的な企業幹部に比べて1.5倍もの時間を費やしている。彼らは現状を変えたいという意思に燃えており、変化を起こすために果敢にリスクを取る。新しい物事に取り組むためにはリスクを避けて通ることはできないが、失敗を恐れず、学習の手段として受け入れることで、挑戦するための勇気が与えられることを知っている。

ここで、本書が強く訴えていることは、イノベータたちの持つ創造力は必ずしも生まれ持った素質だけで決まるものではなく、誰でも行動を変えることで身に着けることができるということである。そのため、5つのスキルを説明すると同時に、その力を伸ばすためにはどうすれば良いかというヒントが複数紹介されており、読者がイノベーションに取り組むための道しるべとなるよう内容が構成されている。例として、関連付ける力のトレーニングとして挙げられている「強制連想」は、自らの抱える問題に対し、無作為に選ばれたキーワードを強制的に関連付けることで、通常では思い付かないアイデアを生み出す方法である。他に、質問力のトレーニングとして挙げられている「質問ストーミング」は、いわゆるブレインストーミングのような形で多くの質問を絞り出すことで、今まで気付かなかった物事の側面を発見する方法である。

後半では、これまでに説明された創造力を個人だけでなく組織に浸透させるための方法も紹介している。イノベーティブな企業では、創設者が自らの創造的な考え方を組織に刻み込んでいるケースが多い。彼らは自分に似た人材を集め、先に紹介した5つのスキルを高めるプロセスを導入し、社員一人一人がイノベーションを起こすための哲学を育むことが重要だと主張する。

最後に、本書のメッセージとして次のように述べられている。「破壊的イノベータの特徴である5つのスキルを身に付け、イノベーションを起こす勇気を発揮せよ。これを実践するには、個人として、職業人として、また組織として、練習を積まなくてはならない。」物事に関して別の視点から考える、発想する「クセ」を身に着けることは、事業をイノベートする場合のみならず、日々の業務でも求められる。その点で、このメッセージは起業家やCEOだけでなく、中間管理職や最前線で働く人まで、企業で働くすべての人に向けられていると評者は考える。企業組織の変革や社会環境をより良いものに変えていきたいと考える人に、幅広くお薦めしたい一冊である。

バックナンバー

TRUST

2019年06月10日

人材覚醒経済

2017年11月14日

「残業ゼロ」の仕事力

2015年03月12日

機械との競争

2014年01月23日

2020年のブラジル経済

2013年04月04日

TPP参加という決断

2012年03月28日

事実に基づいた経営

2011年03月30日

イノベーションを興す

2010年10月21日

不況学の現在

2010年04月16日

Ambient Intelligence

2009年03月03日

リスク

2009年01月11日

現代の金融政策

2008年08月01日

未来をつくる資本主義

2008年06月22日

Green to Gold

2008年02月14日

日本人の足を速くする

2007年09月12日

ホワイトアウト

2007年05月02日

マネー・ボール

2007年04月09日

不都合な真実

2007年03月25日

Our Iceberg Is Melting

2007年01月11日

第三の時効

2006年12月22日

会社は誰のために

2006年11月29日

新訂 孫子

2006年09月08日

君主論

2006年08月08日

サムスンの研究

2006年07月24日

CIAは何をしていた?

2006年05月29日

失敗学のすすめ

2006年05月15日

ホンネで動かす組織論

2006年05月10日

実行力不全

2006年04月25日

闇先案内人

2006年02月22日

研究者という職業

2006年01月18日

組織の盛衰

2005年11月03日