研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2006年5月15日
本書は機械工学を専門とする工学院大学教授 畑村洋太郎によって書かれた。本書を皮切りに著者は「失敗学」に関する書籍を数多く執筆している。また、 NPO「失敗学会」の会長を務め、「失敗学」の社会への浸透などに取り組んでいる。
タイトルにある「失敗学」とは失敗体験に積極的に学ぶことであり、タイトルに本書の主張が明示されている。すなわち、マイナスイメージがつきまとう失敗を忌み嫌わず直視することで、その経験を新たな創造というプラスの方向に転じさせて活用するべきということである。
この「失敗学」の対象には個人だけでなく組織も含まれる。組織に目を向ければ、「失敗学」はナレッジマネジメントや学習する組織などと関連すると言える。本書には、出版された2000年当時に大事件となった「雪印乳業 集団食中毒事件」「三菱自動車 リコール隠し事件」など組織による失敗例が掲載されている。
本書では失敗を、「人間が関わって行うひとつの行為がはじめに定めた目的を達成できないこと」と定義している。その上で、失敗を「よい失敗」「悪い失敗」の2つに分類している。
「よい失敗」とは、起こってしまった失敗から人々が学び、その経験を活かすことで未知なる知識の発掘の成功につながる失敗である。また「よい失敗」には、個人が未知に遭遇することも含まれる。個人にとっての未知への遭遇には、無知やミスが背景にある。しかし、本書ではそれが個人の成長過程で必ず通過しなければならない失敗であるならば、「よい失敗」と定義している。そして、その場合にはいたずらに個人への責任を追及するのは避けなければならないと主張している。
一方「悪い失敗」とは、それ以外すべての失敗である。すなわち、何も学ぶことができず、単なる不注意や誤判断などから繰り返される失敗である。
なお、著者は失敗情報には以下の性質があると論じている。
このような失敗情報のそれぞれの性質について分析した上で、著者の実体験をもとに、失敗情報の知識化や失敗を創造の過程に取り入れる考え方を説明している。本書を読めば、「失敗学」に関する理解を十分に得られると思われる。
しかし、日本企業で失敗から学ぶという前向きな取り組みを浸透させることは、現実には容易ではないであろう。著者も本書で述べているように、日本(人)は、失敗を忌み嫌う傾向がある。失敗をすればその社員の評価が下がるという減点主義の考え方を採用している企業も依然として多い。減点主義を採用している企業が「失敗学」の考え方を浸透させようとした場合、どうなるであろうか?失敗情報は伝わりにくく、隠れたがるなどの性質を持っている。さらに減点主義の影響で、失敗を恐れずに積極的に挑戦したり失敗を報告したりしてもメリットがないと社員が感じていればその傾向はさらに強まる。いくら「失敗学」の必要性を説いて まわっても、浸透しないであろう。「失敗学」を活かすためには、失敗してもその失敗を活かし改善につなげた場合は評価するといった組織風土の醸成と評価・報酬制度の見直しなど が必要である。
企業にとって失敗は、短期的にはコスト増を招いても、長期的には新たな創造をもたらしたり、致命的な失敗を未然に防ぐことになる。このような長期的視点を経営者や管理者が持てるかが、企業経営・組織運営の重要なポイントとなる。そのような意味で、本書は単に「失敗学」を理解するだけにとどまらず、企業経営・組織運営のあり方を考えさせられる一冊である。