研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2007年1月26日
本書は、現ミスミグループ本社の代表取締役社長・CEOの三枝匡氏が、本人の実体験に基づいて書いた企業再生小説である。
内容は、大手製鉄会社の新事業開発室に勤務する30代半ばの広川洋一(仮名:三枝氏本人がモデル)が、医療機器事業を行う関係会社の常務取締役事業部長として出向し、不振事業をシェアトップの勝ち組に変革するというものである。
社内留学でMBAを取得していた広川は、マーケティングの知識(プロダクト・ライフサイクル、セグメンテーション、価格戦略、販売チャネル戦略)を用いて、顧客・製品・競合・営業体制を精査した。その結果、本当は製品には競争力があるにもかかわらず、それが顧客に十分に伝わっていないこと、競合の対抗機の発売が迫っていて時間的余裕がほとんどないことを知った。広川は、すべての情報を前に悩んだ末、前年度の10倍以上の販売という挑戦的な戦略目標を宣言した。その後、部下と一緒に作成した実行計画によって、見事に戦略商品の拡販に成功し、短期間で事業の再構築を果たした。
本書の中で重要な点は、「戦略は組織能力と合っていなければならない」という記述である。
この場合の組織能力とは、「実行計画の立案力」と、「組織柔軟性」の2点である。実行計画の立案力とは、戦略(目標)と現状との間の橋渡しとして、現場が実行可能な内容の実行計画を企画する能力である。また、組織柔軟性とは、現在の仕事のやり方に固執せずに、新しいやり方に素直に挑戦する柔軟な意思がある組織風土である。
どんなに完ぺきな戦略を立案できたとしても、戦略に対して組織能力が不足していれば、それを実行すべき社員や組織が実行できない。これではまさに絵に描いたもちであり、全く意味がないばかりか、逆に社内に悪影響を引き起こす。皆が無力感を抱き、そもそも当初の目標自体が間違っていたという話になり、さらには誰が悪かったかの責任者探しが始まる。これを繰り返していると、経営者の設定した目標に対して、達成に向けて努力しようという社員の意欲がなくなっていく。
一方で、実現が容易な目標だけを設定していては、現状の延長線上でしか未来を描けないことになる。現状の不振を脱却するための戦略を立案し、事業を再構築するに当たっては、これまでと異なる戦略に挑戦する必要がある。そのため、組織の経営者は自分の組織がどこまで成長できる組織能力があるのかを十分に理解していることが重要となる。目標が高すぎればリスクが大きく、安易な目標ではリターンが低すぎる結果に終わる。戦略の革新性と組織能力のバランスをどう管理するかが、組織を率いる経営者として最も悩ましい点ではないか。
文中でも、広川は戦略を実行計画に落とし込む過程では、「何度も不安になり、確認して、修正を繰り返すプロセスの繰り返し」であったと語っている。経営者がリスクに向かう際の勇気・悩みなど人間的な機微が重要なテーマとなっている点でも本書は素晴らしい。
企業、行政府、NGOいずれにおいても戦略の重要性はますます高まっているが、本書に描かれている、戦略とそれを実行する組織能力との関係は、すべての組織において有益な羅針盤となるに違いない。