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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

世界の運命:激動の現代を読む :評者:日立総合計画研究所 坂本尚史

2011年8月3日

歴史が未来を映し出す

本書の著者ポール・ケネディは、現在、米国イェール大学歴史学部教授を務める歴史学者であり、1988年に著わした世界的なベストセラー『大国の興亡』の著者でもある。同書では、1500年代から1980年代にわたる覇権国家盛衰のサイクルを、軍事力を含む政治力と経済力の両面から分析し、米国・ソ連両国の衰退と多極化する世界を展望した。そのような世界の知性が、今後の世界情勢と国家の興亡をどのように見ているかについては、大いに興味があるところだが、著名な学者は、なかなか大胆な未来予測を行うことがないようである。しかしながら、本書『世界の運命』は、2007年から本年にわたって、著者が書きためたエッセイを集めたものであり、その未来予測を垣間見ることができる。すべての答えが書かれているわけではなく、あくまで垣間見えるだけである。だからこそ、読者が、自分自身で答えを考えてみる気にさせる、そのような一冊になっている。

本書の冒頭で、著者は、「われわれは、過去を知らなければ、現在を理解することができない。未来について考え始めることもできないだろう」と書いている通り、本書では、「歴史が未来を映し出す」という発想が貫かれている。そして、この歴史に対する理解が説得力を生んでいると思われる。以下では、このような説得力が感じられた分析を、二つ紹介したい。

一つ目は、人口の意味合いについてである。著者は、将来にわたる国家の興亡を占うためには、基本的な条件として、土地面積、人口、耕地面積のバランスが重要であると指摘している。人口は経済基盤の重要な要素であるが、人が住める土地の面積と、食糧供給を支える耕地面積が十分備わっているか、という意味でのバランスが問われる。例えば、人が住めない広大な土地面積を持ちつつ、急激に人口が低下していくロシアの先行きは、非常に懸念されると述べている。一方で、中国とインドの人口は、利用可能な耕地面積に対して、増加速度が速すぎるため、「今世紀中ごろまでに、アジアの二つの巨人の前途は暗くなる。ありていに言えば、両国とも、現在の人口が半分になった方が強くなれるだろう」と分析している。また、著者は、アラブ諸国の急激な人口増加は、国際社会におけるイスラエルの発言力と影響力の低下につながるだろうと述べている。一方で、人口が急増するアラブ諸国は、水不足や環境破壊、政治過激派が実権を握るリスク、破綻国家となってしまった場合の影響など、多くの懸念材料があると指摘している。このような分析については、過去のポルトガル、オランダ、英国などが、領土は狭いながらも、世界的に影響力を持つに至った理由を理解した上で、「領土は常に大きいほど良いわけではない」と述べられているからこそ、説得力が感じられるのだろう。

二つ目は、いわゆるソフトパワーの効果についてである。ソフトパワーとは、1990年代初めに、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が提唱した概念であり、軍事力や経済力といったハードパワーに対して対置される、生活様式、文化、政治的価値観、政策の魅力などを指している。著者は、シンクタンクによって実施されたグローバルな世論調査を引用して、ブッシュ政権によって米国のソフトパワーは崩壊したと述べる。そして、2008年11月の米国大統領選挙の直後、オバマ新大統領が、米国のソフトパワーを蘇らせることができるだろうか、という問いを立てている。新大統領誕生直後の期待の高まりに対して、著者は「ハネムーン効果はすぐに終わるだろう」と述べていた。新大統領が直面する、環境保護、自由貿易、移民問題、パレスチナ問題などの国際的な課題は、「米国の有権者に対する何らかの選挙公約と、海外で獲得したもっと大きな“票田”の意向との間の、妥協を要するものばかり」だからである。その後、起こったことは、まさにハネムーン効果が消滅していくプロセスであったかのように見える。著者が、当時提示していたアドバイスは、今のオバマ大統領にも役立つかもしれない。それは、大先輩であるウッドロー・ウィルソン、フランクリン・ルーズベルト、ジョン・F・ケネディなどに学ぶことである。これらの「国際派」大統領たちは、一見「米国の国益を追求すること以外、何もしなかった」。しかし、共通していたのは、「自分の国にとって良いことと、世界にとって良いことを、少なくともその大きな部分を、うまく融合させるための機知と英知を持っていたことである」という。

米コンサルティング会社ユーラシア・グループは、2011年の国際政治・国際経済における最大のリスクとして、リーダー国が不在となる「Gゼロ(無極化)」世界の到来を挙げている。そのような世界が現実となりつつある中で、本書を読んで、自分の頭で「世界の運命」を考える力を鍛えることができるかもしれない。

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