研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2008年6月22日
BOPという言葉をご存知だろうか。BOPとはBase(またはBottom) Of the Pyramidの略で、所得階層で構成される経済ピラミッドの底辺に位置する低所得者層を指す。近年、これらの低所得者層を従来の援助の対象としてではなく、市場経済のプレーヤーとして取り込み、新たな巨大市場ととらえる視点が注目されている。本著は、そのきっかけの一つとなった論文「THE FORTUNE AT THE BOTTOM OF THE PYRAMID」(2002)の著者によるものである。
環境汚染、貧困など世界的な課題を解決するためには、国家の枠を超え、地球規模での取り組みが必要であるが、各国の利害などさまざまな思惑が複雑に絡み合い、足並みがそろわないのが実情といえる。本著では、これらの課題の解決にとって、イノベーションの担い手である多国籍企業こそが中心的役割を担うべきだと指摘している。そして、多国籍企業が主導する世界では、課題の解決とビジネスを両立させるところに、多大な事業機会が存在し、特に、経済ピラミッドの底辺にいる貧困層=BOPに注目すべきであると述べている。
BOPの多くは、貧困だけでなく深刻な環境汚染や紛争などを抱え、いわば世界的な課題が凝縮された環境に暮らしているといえる。また、未成熟な社会インフラや法整備といったビジネスを行う上での数多くのリスクが存在する。しかしBOPは、40億人以上という膨大な人口を抱える未開の市場であり、多くの事業機会が眠っているとみられる。本著では具体的な市場規模は示されていないが、2007年に世界銀行グループの国際金融公社と世界資源研究所が発表した「THE NEXT 4 BILLION」によると、調査対象110カ国、約56億人のうち、70%以上に当たる約40億人が年間所得3,000ドル未満のBOPであり、その市場規模を換算すると5兆ドル以上に上るとされる。この日本のGDPを超える規模の市場の存在が、新たな成長機会を模索する多国籍企業から注目されるのは必然であろう。
しかし、企業がBOP向けにビジネスを行うには、従来の成功手法にとらわれてはならない。本著では、BOP向けのビジネスで成功する先駆的事例の一つとして、英ユニリーバのインド子会社、ヒンドゥスタン・ユニリーバ・リミテッド(HUL)を取り上げている。HULの従業員は農村地域で六週間の共同生活が義務付けられ、そこで得た知識を農村市場向けの製品アイデアや販促プログラムに結び付けている。現地には研究開発センターが設置され、現在ではインド都市部のスラム街や農村の問題を専門とする研究者だけで400人以上を抱えている。また、同社は2001年に、インドで古くから続いている女性の自助グループ制度をベースに、「シャクティ・プロジェクト」を立ち上げた。このプロジェクトは、女性たちにマイクロ融資を行い、HULのマイクロフランチャイズを展開することで、同社のビジネス拡大と女性がマイクロ企業家として自立することの両立を可能とした。こうして、HULはBOP向けビジネスで目覚しい収益を上げるとともに、BOPの雇用機会の創出や生活の質の向上などにより、BOP自身の発展に不可欠なパートナーとしての地位を築いている。また、親会社のユニリーバは、こうしたHULによるイノベーションを他の地域の子会社にも展開し、それがまた新たな利益を生み出しているとのことである。
このように、BOPのニーズに応える全く新しい技術や製品、ビジネスモデルによってビジネスを成立させると同時に、BOPの自立も促進させ、そこで生まれたイノベーションを他の地域にも展開する。本著は、こうした新たなボトムアップのアプローチが、これからの企業にさらなる発展をもたらすと述べている。
現在、多くの多国籍企業がBOPを数多く抱える新興国の開拓に注力しているが、現段階では一部の富裕層に限定したビジネスを展開しているに過ぎないのが実情であろう。長期的な事業のグローバル展開を考えた場合、ピラミッドの下位層を視野に入れた戦略が求められる。マーケティングや経営戦略の担当者には是非ご一読いただきたい。そして、本著を通して、持続可能な社会の実現と企業の発展が包括的に議論されることが望まれる。今日の多国籍企業を生み出したグローバル資本主義は、世界を豊かにする一方で数多くの世界的課題を招いた大きな要因であることは否定できない。企業にとっては、利潤の最大化だけでなく、世界的課題に対処し、地球規模の持続的発展に貢献することも、与えられた責務といえるのではないだろうか。