研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2013年4月4日
本書は、民間の対EUロビイストとして、また政府のWTO主席交渉官として、常に国際ルールに向き合ってきた著者が、国際的ルール競争の力学と日本企業が国際的なルール作りの主導権を握る術を説いた書籍である。
優れた技術力を有する日本企業が欧米諸国になぜ勝てないのか。著者は、「技術力」と「技術力を活かすルールづくり力」とは別のものだと定義し、日本企業はルール作り力で負けているのだと説明する。そして日本企業が欧米諸国とのグローバル競争に勝つためには、国際的なルール作りの主導権を握り、ルールという社会基盤を自ら創造していくための「ルール戦略」が不可欠だと説く。
著者の主張の背景には、デジタル化が日本企業にもたらした二重苦が存在する。一つは、日本が蓄積してきた技術の差が消滅してしまった点。アナログ技術の時代、日本の産業は多くの分野で繊細な職人芸を積み重ねて技術を洗練させ、海外のライバルが追随できない優位を誇ってきた。オーディオの豊かな音色やテレビの微細な美しさは、ルールと関係がない技術の現場の努力に依拠していた。しかし、デジタルに数値化された世界では、それらの技術とその成果は一晩で模倣されてしまうのである。さらに、デジタル機器はグローバルにネットワーク化していく。グローバルにネットワーク化された世界は、ルールと標準化の世界である。アナログの時代と違い、ルールや技術規格の重要性が段違いに大きくなり、日本企業はルールに無関心でいることが出来なくなったのである。
具体的な事象として著者が述べているのは、デファクトスタンダードからデジュールスタンダード*1へのシフトである。企業にとって最も身近なルールである標準規格は、VHS方式とベータ方式の規格争いに代表されるように、市場競争が繰り広げられる中で、デファクトスタンダードとして形成されてきた。しかしデジタル化を背景としたグローバルネットワーク時代の到来によって、合議制により形成される「デジュールスタンダード」がトレンドとなり、ルール(標準規格)が市場競争の前に決定されるようになった。すなわち、「競争の結果、どちらかになる」のではなく、「競争が起こる前に、決めてしまう」のである。
このような環境の変化を背景に、著者は、グローバルに「ルールづくり競争」が繰り広げられていると主張し、ルールづくりに無関心な日本企業に警鐘を鳴らしている。欧米の優良企業の競争力の源泉は、NGOや国際機関など「産業の外」の多様なステークホルダーとの連携によって「自らに好ましいルールを創造する」ことにあり、日本企業も「産業の外」とつながることで、自らの手でルールを創造していくべきであるという。
例えば、家庭用品メーカーのユニリーバは、パーム油を採油するためのアブラヤシのプランテーション開発が熱帯雨林の破壊の元凶であるという批判に応え、NGOとともに「持続可能なパーム油認証」の自主ルールを作り、さらにパーム油の代替品の開発に取り組んでいる。この動きに遅れたネスレは、NGOの大々的な抗議キャンペーンの標的となり、NGOに持続可能な方法で栽培されたパーム油の調達を約束させられた。
欧米の有力企業は、産業の外である政府やNGOと一体となり、ルールを作り、変化させ、うまく活用しながら事業戦略を推進しているのである。
著者が唱える日本企業への処方箋は、国際的なルール作りの主導権を握る術を学び、ルールテイカー(ルールを受け入れる側)からルールメイカー(ルールを作る側)へとシフトすること。そして、ルールを経営戦略としてシステマティックに活用することだ。
そのための方法論である「ルール戦略」の要諦は、環境や安全や人権といった社会的な価値を求めるステークホルダーの意見を聞き、ルールという社会の基盤作りによってイノベーションを起こしていくことにある。そしてその際に必要不可欠なのは、このルールが何らかの社会的理念や価値観を体現していることなのだと、繰り返し強調することである。
さらには、「思考方法」や「世界観」の違いに言及し、「ルールを自分で解釈しリスクを取る」欧米の思考方法と、「ルールの解釈を政府に求めリスクを取らない」日本の思考方法とが競争した場合、圧倒的に前者が有利だと断言する。そしてグローバルルール競争の本質は、この「思考方法」や「世界観」の競争にあるのだと主張する。その上で、日本企業がグローバル競争を勝ち抜くためには、われわれが「是」としている「思考方法」と「世界観」の再検討と相対化が必要なのだと説くのである。
本書が卓越しているのは、日本企業にルールメイカーへのシフトを促す手引書であるだけでなく、「思考方法」と「世界観」にも言及し、社会のステークホルダーを意識した経営への示唆を与えてくれている点であろう。
「ビジネスパーソンよ、世界の思考方法を理解し、自らの世界観を持て!」
現役の経産官僚である著者からの熱いメッセージを感じる必読の一冊である。グローバル企業でマネジメントに関わるビジネスパーソンに、是非ともご一読いただきたい。