研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2009年2月10日
著者のジェフリー・サックス氏は、コロンビア大学地球研究所(Earth Institute)の所長である。そこでは、さまざま分野の学者が集まり、環境問題や貧困などの地球規模での課題に対処し、持続可能な発展への道を示すための研究を行っている。著者はまた、2002年から2006年にわたって国連のミレニアムプロジェクトのディレクターも務め、今は潘基文(パン・ギムン)国連事務総長の特別顧問でもある。国連のミレニアムプロジェクトは、「極度の貧困と飢餓の撲滅」や「環境の持続可能性確保」など2015年までに世界で達成すべき10の目標を掲げている。
これらのプロジェクトに参加し、政策提言を行ってきた著者であるが、現在の国際協調の枠組みは不十分であり、また国際協調に非協力的な米国の外交政策について批判してきた。著者の前著"End of Poverty"(邦題「貧困の終焉(しゅうえん)」)は、自らの活動を紹介しつつ、極度の貧困と飢餓の撲滅を訴え、2005年4月にニューヨークタイムズのベストセラーリストに掲載された。本書では、貧困の問題だけでなく、地球環境問題など、より広い分野で、現在の地球が抱えている問題の大きさを明らかにし、持続可能な発展を達成するために人類がとるべき方法を説き、一般の人々の危機感を促そうと試みている。本書のタイトルである"Common Wealth"(人類共有の富)、副題である"Economics for a crowded planet"(込みあった惑星のための経済学)に、21世紀に狭くなった地球の中で運命を共にする人類が、どのようにして豊かになるのかというテーマが込められている。
持続可能な発展を遂げるために解決すべき課題として、「1.気候変動や水資源などの地球環境問題」「2.最貧国を中心とした人口増加」「3.富裕層と貧困層の格差拡大と極度の貧困」という3つを挙げている。そして、これらの問題は、適切な国際協調の枠組みにより解決できると主張している。具体的には、援助する側の国々のGNPの2.4%を毎年気候変動や人口安定化に費やすことができれば、持続可能な発展が達成できると試算している。
しかし、2001年以降、米国のブッシュ政権は、イラク戦争などで軍事費を拡大した一方で、京都議定書からは離脱を表明し、国連の人口プログラムなどに対する援助を減らしてきた。著者は、これらのブッシュ政権の外交政策は、失敗であったと酷評している。本書の出版は2008年3月18日だが、その後2008年11月9日、米国の次期大統領が民主党のオバマ氏に決定した。オバマ氏は、本書に書かれているような国連重視の政策を実施すると思われる。今後のオバマ氏による外交政策を占う上で、本書は参考になるだろう。
また、本書を薦める理由として、各問題に対する科学的・統計学的な根拠にもとづく現状分析を詳細に行っている点も挙げられる。著者は、以前より、医者が病気を診断し治療するように、社会問題も詳細な現状分析を行い、問題の根本的な原因を発見し、それに対する解決方法を提示するという「臨床経済学」という方法を提唱している。本書でも、問題が生じた経緯や科学的根拠に多くのページが割かれている。このため、著者が提案する政策は、具体的な援助額にまで触れているものもあり、個々人や政府間の努力次第で実現可能なものが多い。国際協調の重要性を説くと、机上の空論になりがちであるが、本書は具体的な方向性や金額まで示している。国際協調に関する政策議論を論じる際には、一読をお薦めしたい一冊である。