研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2007年8月19日
子供の時、「ノーベル賞が取れるように勉強しなさい」と親から言われたことはないだろうか。しかし大抵の場合、その助言には具体性がないため実行に移されることもなく、言われた子供はそのまま大人になって、自分の子供に同じことを言うようになる。この悪循環を断ち切るにはどうしたら良いだろうか。「ノーベル賞を目指せ」と言われた子供の一人であった評者が、親の世代にさしかかるに当たり手に取ったのが本書である。
本書は週刊少年ジャンプ編集部が1992年7月〜1993年6月に行った企画を単行本化したものである。7人のノーベル賞受賞者のエピソードからなる漫画編と、42人の受賞者のメッセージからなるエピソード編の2冊で構成されている。漫画雑誌の企画でこれだけの取材を行い、簡略化されてはいるが化学式や数式を含む内容を連載したこと自体、十分に挑戦的である。漫画週刊誌の発行部数が今の倍以上であった時代だからこそのなせるわざであろう。
本書の表紙や帯には「子供時代に大人は創(つく)られる」「常識破りの子育て論」など幼児教育の重要性が語られているが、実際には教育論というほどの内容はなく、幼少時代を中心とした半生が書かれている程度である。しかしその半生を読むと、受賞者らの性格にいくつか共通点があることが分かった。以下に気づいた3点を挙げる。
まず、好きなこと、興味があることへの集中力が非常に高いことである。例えば医学を優秀な成績で修了してからインスリンの研究をするために化学を勉強しなおすなど、高い次元でさまざまなものに挑戦しており、一般の人のレベルとはまったく違うものである。
次に楽器演奏やチェスを好む人が多いことである。アインシュタインがコンサートを開くほどバイオリンが達者であったことはよく知られているが、それと同等、またはそれ以上のレベルの人もいる。独創的な研究と、感覚・センスが重要となる楽器演奏やチェスとはどこかに共通点があるのかもしれない。
3点目が強い信念である。彼らは降りかかる困難や他人からの批判に対して、決して負けることなく研究を完成させていく。彼らは強い信念を持つきっかけとして、身近にいる大人の重要性を語っている。親であることもあれば教師である場合もあるが、自分の仕事や人生に誇りを持ち、それを体現している大人の存在が受賞者らを導いたのだ。「親の背を見て子は育つ」と昔から言われているが、行動で見せることが重要なのは古今東西を問わず共通だということである。
各受賞者が寄せているメッセージがまた興味深い。読者向けのメッセージという共通のテーマで書かれているはずだが、子供への語りかけのようなものもあれば、自身の研究の話で終始するものもある。一見すると発散しているように見えるが、収録されたメッセージのうち、約8割は環境問題に言及し、さらにその半分は人口問題を懸念している。今日ほど環境・人口問題の議論が盛んでなかった15年前に、漫画週刊誌の読者向けにこれだけ内容の濃い本が出版されたのは驚くべきことである。もし今日、同じ企画で最新のメッセージを集めたら、いったいどんな内容になるのだろうか。大変興味深いところである。
最後になるが、本書は自然科学系の受賞者のみを取材対象にしており、人文系の受賞者についても同じことが言えるのかどうかは分からない。またノーベル賞に関しては選考方法について問題点がないわけではなく、その価値を万人が認めているわけではない。しかしそれらを考慮しても、本書に込められた数多くのメッセージは、子供の成長を願う親だけでなく、より幅広い読者にとっても十分に示唆に富んだものである。
最後に1958、1980年の2度にわたり化学賞を受賞したフレデリック・サンガーの言葉を引用する。
「夢を追いなさい。そして本当に価値のあることをしなさい。熱意と新しい考えを持った若い人たちに未来はかかっている。」