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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

データサイエンティストに学ぶ「分析力」:ビッグデータからビジネス・チャンスをつかむ :評者:日立総合計画研究所 舟喜 耕太

2013年9月10日

本書の原題は「SEXY LITTLE NUMBERS: How to Grow Your Business Using the Data You Already Have」である。自らギーク*1と名乗り、データとその分析を心から愛する著者は、ビッグデータというバズワード*2全盛の時にあえて対照的な書名をもって世に問うている。既に各社が持っている顧客管理システムや経理システムなどのデータを「リトルナンバー」と定義し、それを活用して売上や利益を伸ばす方法を著者は本書で紹介している。そのため、日本語版の副題に入るビッグデータについての解説やその分析法を期待している読者は肩透かしを食った印象を持つかもしれない。しかし、著者の提示するデータの分析・活用方法はリトルナンバーに限らず、どのようなデータを扱う場合でも大いに役に立つと評者は考える。 本書は、主に広告・営業の責任者や管理職がデータを有効活用して売上を伸ばすことを考えた時に、何をすべきか解説した本である。広告・営業活動を(1)誰にアプローチをするかの決定、(2)顧客の需要に対応したメッセージの作成、(3)顧客を見つける場所の設定、(4)予算の配分、(5)成果の測定、(6)ウェブサイトの最適化という6つのプロセスに分け、持つべき視点と具体的に何をしたら良いかが記述されている。本書の魅力はアナリティクス(データ分析技術)の専門家であり、大手広告代理店オグルヴィ・アンド・メイザー社で長年データ分析とデジタルダイレクトマーケティングを担当してきた実務者である著者が具体的なデータの分析方法に加えて、その活用手法を説いている点である。 データ分析についてはいくつかのツールを紹介している。例えばバリュースペクトラムモデルは顧客を「自社に対する支出額の多少」「顧客内予算での自社の占有率(財布内シェア)の高低」で4象限に分類するものである。 これによって、今後の売上を伸ばすのに注力すべき顧客(自社に対する支出額が多く、財布内シェアの低い「ジャックポット」顧客)や、維持しなくてはならない最重要顧客(自社に対する支出額も財布内シェアも高い「金脈」顧客)を選定し、リソースを集中することができる。また、製品やサービスを選別する上で顧客が重要と考える要件によって「先端技術指向」「価格指向」などの属性別に類型化するクラスター分析も紹介されている。分析に基づき、顧客層ごとに訴求点を変えてアプローチすることで、マーケティングの効率を向上させるものである。このほか、ある一定期間の支出額で顧客をいくつかの層に分割し、各層の平均支出額と層間での移動確率をもとに、顧客が今後どれだけの売上を自社にもたらしてくれるかを試算する顧客生涯価値といった概念と活用方法など実践的な枠組みや手順が紹介されている。広告・営業に関わる人にとって、これらはすぐに用いることができるツールとなるであろう。 データの活用については、「データは数字でしかなく、データを分析して分かったことをシンプルかつ率直な言葉で説明することで初めて周囲を理解させ、行動に移させることができる」と、主張点の一つとして記している。たとえば、ネットワーク機器大手のシスコシステムズ社(以下、シスコ)は2004年に同社製品の売上を増やしたいと考え、マーケティング活動のターゲット顧客選定の支援を著者の勤務先であるオグルヴィ・アンド・メイザー社に依頼した。著者は既にシスコが持っていた顧客の購入記録をもとに前述のバリュースペクトラムモデルを作った。そして、セグメント間の顧客の移動傾向とシスコの売上増減の関係性から注力すべきセグメントを決め、「既存顧客からの売上増が必要」「予算規模が大きく、シスコのシェアの少ない顧客をシスコのファンにすべき」などと、分かりやすく表現した。このようにデータが何を意味するのかを伝えることで、これまで新規の顧客に注力して広告宣伝と営業部門のアプローチ支援を行っていたシスコのマーケティング部門は、最大のリターンをもたらす既存顧客への販売強化にマーケティングの重点を変更することが可能になったのである。著者は、データ分析力と分析結果にストーリーを与える創造力とが極めて補完的な関係にあり、両輪が動いて初めて戦略・戦術・実行の改善につながると説明している。 また、データの分析・活用の前提として、本書ではマーケティングの目的の設定や予算・効果の測定方法の事前検討の重要性を挙げ、その検討方法に多くの紙面を割いている。データの分析の前に必ず考えておくべきポイントであろう。 残念ながら莫大な分析の具体的な進め方や概念化・モデル化の検討過程について示されていないため、そのまま本書を実作業のマニュアルとすることは難しい。一見すると著者が芸術的に作ったモデルの見事さを見せて、外部の専門家(著者の会社)を雇いなさい、という広告本にみられてしまうかもしれない(実際、著者は自社でのデータサイエンティストの養成とともに外部専門家の有効利用を薦めている)。また、ウェブ上の取引の改善例が多く用いられているため、適用できる局面は限られてしまうとみられてしまうかもしれない。しかし、本書を通じて読者は、データをさまざまな手法により解釈する分析と、説得のためのストーリーを作る創造の両方のプロセスに必要な視点を、また目標や測定方法の設定についての知見を得ることができるだろう。 著者があえて書名をリトルナンバーとしたのは、意外性を狙ったマーケティング上の理由だけではないだろう。重要なのはデータの量ではなく、どのように活用するのかであって、本書にはその「How」が盛り込まれているとの自信の表れであると評者は考える。量の過多にかかわらず、データを用いて自分の仕事を改善したいと考えるビジネスパーソンに本書を推薦する。

*1
ギーク(Geek):米俗語。コンピュータに卓越している人、コンピュータマニア
*2
バズワード(Buzzword):一見、専門用語のようにみえるが、明確な定義のない流行のキーワード

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